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<あなたに伝えたい>高台の新居 近くで見守って

防災士のビブスを着け、自宅で良子さんの写真に語り掛ける義春さん

◎渡辺義春さん(宮城県七ヶ浜町)から良子さんへ

 義春さん 浜育ちの母は、ノリ養殖で船にも乗る勝ち気な肝っ玉母さん。6人姉妹の2番目で家を継ぎ、妹たちが遊びに来ると気前よく農作物をあげていました。自宅で食べる分がなくなることもありました。
 いるのが当たり前と思っていたけれど、その大きさに支えられていたんだな。言葉では言い表せない喪失感があります。
 震災発生直後は地割れもあり、両親と長女は高さ10メートルの裏山に避難。津波で流される自宅を見て母が腰を抜かしたと聞きました。別の場所へ逃げようと歩きだした瞬間、津波の第3波が12メートルの高さで押し寄せたそうです。父と娘は木にしがみつき九死に一生を得ましたが、母は流されました。
 前にいる娘をつかむことができたかもしれない。でも母は海の怖さを知る海の女。「道連れにしない」「守りたい」と、あえてつかまなかったと思うのです。
 私はあの日、仙台の職場での対応を優先しなければなりませんでした。悔いはあります。経験したつらい思いを他の人にさせたくない。そんな思いから2013年に防災士の資格を取り、防災・減災の啓発活動に加わっています。
 3度の転居を経て、七ケ浜町菖蒲田浜の高台に再建できた自宅に入ったのが2年前。偶然にも先祖が眠る墓地から新居の屋根が見えるんです。母は自分から見える場所に家族を住まわせたかったのかな。
 ばあちゃん、ようやく大好きだった七ケ浜に一緒に戻れたね。近くにいるので見守ってくださいね。

◎家族思いの肝っ玉母さん

 渡辺良子(りょうこ)さん=当時(67)= 宮城県七ケ浜町菖蒲田浜の自宅で長男義春さん(54)ら家族6人で暮らしていた。夫や孫娘と買い物から帰宅した直後に地震があり、3人で自宅の裏山に避難した。しかし津波で流され、約10日後に家族が身元を確認した。


2018年09月30日日曜日


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