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<この人このまち>見守り活動 映画で発信

[かわたに・きよかず]1956年大阪市生まれ。大阪市立大卒。府立高事務長を55歳で退職。2012年石巻市緊急学校支援員などを経て、16年4月から現職

 孤立や孤独死を防ぐ地域の見守り活動の大切さを訴える映画「一人じゃない」が登米市で製作されている。原作者で同市豊里町の集落支援員川谷清一さん(62)は、東日本大震災のボランティア活動を契機に大阪での仕事を辞め、宮城県に移住した。住民参加型の映画づくりの狙いを聞いた。(登米支局・小島直広)

◎登米市豊里コミュニティ推進協議会集落支援員 川谷清一さん(62)

 −移住したきっかけは。
 「震災翌月、宮城県南三陸町に写真修復のボランティアに来ました。被災した小学校で流されたカメラを見つけ、持ち主の学校の先生に届けると、震災当日の児童の写真が残っていてとても感謝されました。子どもたちとの交流が始まって被災地支援をしたいとの思いが強くなり、学校支援員として働くことを決意しました」
 −映画では震災で家族を失った働き盛りの男性主人公が孤独や孤立から脱していく姿が描かれています。原作を書いた経緯は。
 「石巻市の仮設・災害公営住宅での見守り活動です。ある災害公営住宅で孤独死を発見しました。車はあるのに明かりが消えたまま、裏口のドアが開いていました。独り暮らしの男性で死後2週間。なぜ死を防げなかったか、もっと早く気付けなかったか。あの津波を生き永らえたのに、最期がこれかと思うと本当に悲しくなり悔やみました」
 「被災地では住まいの復興から孤独が始まる。災害公営住宅に移れば復興は終わったと勘違いされては困る。震災で家族や家、仕事、古里を失い、心に傷を負った人たちがたくさんいることを忘れてはなりません」
 −登米市豊里町の集落支援員としての活動は。
 「公民館を拠点に地域づくりやまちおこしのためにイベント企画をするのが主な仕事です。歌声喫茶を開いたり、夏祭りで盆踊りを復活させたり。大阪出身なので、上方落語やちんどん屋も招きました。そんな中で温めていた原作を映画にしようと思い立ちました」
 −映画では地域の見守り活動がメインテーマです。
 「孤立や孤独死は被災地だけの話じゃなく、内陸部のこのまちでも深刻な問題。映画づくりを住民参加でやることで、地域の人たちに支え合いの大切さを知ってもらおうと思いました」
 −9月中旬にあったロケはどうでしたか。
 「大阪のプロの製作スタッフや俳優の受け入れ、エキストラ、賄い役を地域の人たちにお願いして、本当に一生懸命やっていただきました。このご恩は一生返しきれない。来年1月には完成度の高い映画を皆さんに見せられるよう頑張ります」


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2018年10月01日月曜日


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