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<阿武隈川物語>(14)平成に転機 堤防強化

堤防で五十沢地区の水害を振り返る(左から)佐藤さん、岡崎さん
平成の大改修で建設が進められる五十沢堤防=1999年(東北地方整備局提供)

◎第3部 治水(3)改修工事

<自然の遊水池に>
 阿武隈川の狭窄(きょうさく)部の上流にあり、宮城県境に接する伊達市梁川町五十沢(いさざわ)は水がたまって氾濫しやすい地区だ。同地区に約3キロの堤防が完成したのは1999年のことだった。
 堤防完成時に五十沢自治会の副会長だった佐藤徳治さん(77)は「五十沢は3年に1度は水が上がり、自然の遊水池になった。堤防を造ってしまうと対岸の地区に水が来る、と長年反対があった」と回想する。
 その前年に福島県内で11人が犠牲になった「8.27豪雨」を受け、国土交通省は阿武隈川流域で「平成の大改修」に踏み切った。大改修で対岸の護岸工事がセットで行われ、着工から半世紀を経て五十沢の堤防は実現した。
 「堤防の完成で、安心して眠れるようになった」と話すのは現在の自治会長岡崎光さん(70)。86年にあった「8.5豪雨」では自宅が1階の軒下近くまで浸水した。近所に3日間避難し、板の間の床材をはがして1カ月間乾燥させなければならなかった。地区の被害は全壊1戸、床上浸水65戸、床下浸水1戸、農地の冠水約170ヘクタールに及んだ。
 「堤防決壊で一気に押し寄せるのとは異なり、水の流れは緩やかでプールのようだった」と笑って振り返る岡崎さんも、「最近のゲリラ豪雨は異常。五十沢は山を背負っており、土砂崩れが心配だ」と表情を曇らせる。
 国直轄による阿武隈川の改修は19(大正8)年、伊達市箱崎の河道掘削や福島県国見町徳江の築堤から始まった。100年の治水史上、短期間に集中的に行われた平成の大改修は一つの転機だった。8.27豪雨の4年後に同規模の出水があったが、福島県の浸水被害は3分の1に減った。
 国の阿武隈川の河川整備基本方針は2日間の流域平均雨量が福島市256.5ミリ、岩沼市251.6ミリと150年に1度の大雨を想定する。今年3月時点の堤防整備率は約67%。当面の目標として、8.5豪雨と同程度の洪水があっても床上浸水被害が出ないことを目指す。

<気候変動 東北も>
 しかし福島大准教授の川越清樹さん(47)=自然災害科学=は「『堤防が100%守ってくれる』と過信してはならない。堤防は逃げる時間を稼いでくれる施設と考えた方が良い」と指摘する。
 日本土木学会の水害対策小委員会幹事で、秋田県の雄物川の洪水の調査団事務局を務めた川越さんは「東北でも気候変動の兆候がうかがえる。非常時に行政機関同士が連携できる態勢を強化するとともに、住民は行政に依存せず、身近な異常を自分で判断できる力を付けてほしい」と訴える。

[平成の大改修]1998年の「8.27豪雨」を受けて始まった。2000年度までに伊達市梁川町五十沢や本宮市などの築堤計約20キロ、堤防強化約30キロ、郡山市の愛宕川排水機場建設などを実施した。須賀川市の浜尾遊水池は18年度に完成予定。総事業費約800億円。


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2018年10月04日木曜日


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