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<東北の本棚>民俗学の先駆者を探究

菅江真澄と内田武志 石井正己 著

 江戸時代、東北地方を歩いて膨大な民俗学の記録を残した菅江真澄、その足跡を生涯、探究したのが内田武志(1909〜80年)であった。難病と闘いながら、真澄を現代によみがえらせた在野の研究者の系譜と、その執念を見る。
 内田は鹿角市出身。鎌倉市、静岡市と移り静岡商業学校(現静岡商高)に進むが、血友病のため中退。以後、人生の大半を病床で過ごす。
 石川啄木の歌に引かれ、啄木と交流のあった静岡在住の詩人・蒲原有明に知り合う。有明の紹介で民俗学の柳田国男に巡り合った。柳田に「江戸時代に、鹿角を旅した菅江真澄なる人物がいる」と知らさせたのが昭和の初めごろだった。静岡で方言の研究、民具の研究など行ったが太平洋戦争で空襲が激しくなり、鹿角に帰郷する。「秋田に行ったら、真澄を徹底的に掘り下げてみては」と、財界人であり民俗学者でもあった渋沢敬三(日銀総裁、大蔵大臣)からアドバイスを受けた。真澄の研究は、病床で過ごす内田にとって「生きる希望」であった。
 真澄は現在の東北地方、道南を歩き、現存するだけで80冊以上の旅日記を残している。内田はこれを現代語訳して「菅江真澄遊覧記」(5冊)としてまとめ、業績を広く紹介した。1970年度の河北文化賞を受賞。
 特筆すべきは妹・ハチの献身ぶりだ。列車で3時間もかけて日記の原本書き写しに走ったり、理科教育に携わった経験から自然や本草学に関しての注釈を書いたりした。ハチなくして真澄の研究は成立しなかった。
 真澄は200年前の東北の人々の日常の暮らしを、慈しみの心を持って描いた、と著者は説く。その心を解くことができたのは、内田自身が病床にあり、弱い立場にある人々の心に思いを寄せる慈しむ心を持っていたからであろう。
 著者は1958年、東京都生まれ。東京学芸大教授。「遠野物語」の研究などで知られる。
 勉誠出版03(5215)9021=3240円。


2018年10月07日日曜日


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