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<あなたに伝えたい>新居に埋めた形見、心の支え

実家の跡に残っていたれんがとタイルの一部を見詰める昌良さん

◎佐藤昌良さん(石巻市)から治さん、英子さんへ

 昌良さん 地震が起きたとき、おやじは高台にある市牡鹿保健福祉センターで日課のウオーキングをしていました。足を悪くして自宅にいたおふくろを迎えに行くと言って、周囲の制止を振り切って自宅へ向かったそうです。
 鮎川の実家は全て流されました。遺体捜索は過酷でしたが、1カ月後におふくろが発見され、おやじはその翌日に見つかりました。
 おやじは旧牡鹿町の職員でした。厳しい人で褒められたことはなかった。私は東京で国会議員秘書をしていましたが、会えばけんかばかり。震災後、知人から「お父さんは、あんたのこと自慢してたよ」と聞きました。どこかで理解してくれていたんだね。
 おふくろは優しさの塊のような人。手紙の最後には必ず「健康に気を付けるように」と書かれていました。今では、その手紙が唯一の思い出の品です。
 復興を担おうと秘書を辞め、祖父の代からつながりのある地元の建設会社に入りました。4年前に社長になり、市内の写真館に顔写真を撮りにいくと、震災の3年前に両親がそこで葬式用の写真を撮っていたことが分かりました。故郷に戻り、社長にならなければ、写真とは出合えなかったかもしれません。お祝いのような気がしました。
 新築した自宅玄関の床に、実家で唯一残ったれんがとタイルの一部を埋め込みました。出社するときも帰宅したときも見て、揺るがない心の支えになっています。

◎厳格な父と優しさの塊のような母

 佐藤治(おさむ)さん=当時(81)、英子(えいこ)さん=当時(79)= 昌良さん(58)の両親は石巻市鮎川大町の自宅で2人暮らしだった。自宅にいて東日本大震災の津波に遭ったとみられる。2011年4月11日に英子さんが海上で発見され、翌12日に治さんが鮎川浜で見つかった。


2018年10月14日日曜日


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