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<円谷幸吉>没後50年、今も級友結ぶ 地元須賀川で墓参り、記念マラソンも参加

「円谷幸吉メモリアルマラソン大会」で級友親睦会の声援を受けながらゴールを目指す神立さん(右端)=21日、福島県須賀川市の須賀川アリーナ付近
徳島市であった駅伝招待レースの開会式前、応援に来た神立さん(右)ら中央大の級友と庭園を散策する円谷(左)=1966年1月

 1964年東京五輪のマラソン銅メダリスト円谷幸吉(福島県須賀川市出身、40〜68年)が亡くなってから50年がたった。中央大第二経済学部(夜間)の級友らは今年も須賀川市で墓参りし、東京五輪で円谷が走った21日には、36回目を迎えた「円谷幸吉メモリアルマラソン大会」に参加。旧交を温めながら、在りし日の故人に思いをはせた。

 20日に墓参したのは級友親睦会の8人。国内外の大会に駆け付けて円谷を応援し、交流を深めた。東京で自衛隊宿舎暮らしの円谷にとって心許せる仲間だった。
 盟友のメキシコ五輪銀メダリスト君原健二さん(77)もほぼ毎年訪れる墓参は今年で35回目。円谷が愛飲したビールを缶の半分だけ墓石にかけ、残りを飲み干す。一人一人が線香を手向け、手を合わせた。
 君原さんも交えた夜の懇親会は思い出話に花が咲いた。「あまり授業に出られない円谷さんにノートを見せ、一緒に試験勉強をしたな」「よくアパートに『今から遊びに行ってもいいか』って電話があったよ」
 半世紀たっても級友の中心に円谷がいる。悪口や愚痴は言わず、謙虚で実直。等身大の姿が浮かぶ。
 メモリアルマラソン大会に唯一、94年から連続出場する神立(かみだて)修司さん(75)=横浜市=は「われわれのヒーロー。彼がいたから級友との絆がある」と語る。
 円谷はメキシコ五輪を控えた68年1月、自ら命を絶った。級友親睦会代表の高松常太郎さん(81)=さいたま市=はその2週間前、東京都の自宅アパートで開いたクリスマス会に円谷を招いた。「本当に楽しそうで、珍しく『泊まっていい?』って言って泊まっていった。でも、何か相談があったのかもしれない」と目頭を押さえる。
 級友らは東京五輪の沿道で寄せ書きと激励の横断幕を掲げて円谷を応援し、今は君原さんと神立さんに声援を送る。2人の姿が在りし日の円谷に重なる。
 2年後、再び東京五輪がある。神立さんは「64年は戦後復興を成し遂げ、高度経済成長の中で日本全体が高揚感に包まれていた。いま一度『復興』の理念を思い起こし、青少年を勇気づけてほしい」と願った。


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2018年10月22日月曜日


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