宮城のニュース

<福原愛引退表明>愛ちゃんお疲れさま 仙台の幼少期知る人、思い出に浸る

全日本卓球選手権バンビの部で3年連続優勝し、河北新報社に報告に訪れた福原選手(右)と母の千代さん=1996年9月
リオデジャネイロ五輪の卓球女子シングルスで準決勝進出を決め、笑顔で歓声に応える福原選手=2016年8月

 負けず嫌いな姿と愛くるしい笑顔で多くの人々を魅了した福原愛選手(29)=ANA、仙台市出身=が引退を表明した。仙台で過ごした幼少期を知る人からは「愛ちゃん」との思い出と、数々の活躍を見せてくれたことへの感謝の言葉があふれた。
 3歳で卓球を始め「天才少女」として注目を浴びた。母千代さんの卓球仲間だった仙台市青葉区の佐藤里子さん(76)は、ラケットを握り始めた頃から相手になるようせがまれた。「普段はかわいい女の子なのに、卓球をすると真剣そのもの。ライバル心むき出しだった」と振り返る。
 小学生になると大学生に交じって練習した。「相手が大学生なのに、負けた時は悔しくて泣いていた」。東北福祉大卓球部部長(日本卓球協会副会長)の柴田幸男さん(70)はそう懐かしむ。「真剣過ぎて燃え尽きるのではと心配したが、その後も順調に成長し続けてくれた」と話す。
 五輪は4大会連続で出場。日本代表コーチも務めた明徳義塾中・高(高知)女子卓球部監督の佐藤利香さん(47)=仙台市出身=も幼少期から知る一人。「暗いスポーツと言われた卓球をメジャーにしてくれた。早期教育の大切さを示したことが、平野美宇選手や伊藤美誠選手の登場にもつながった」とたたえる。
 福原選手の伯父加藤勝祝(かつのり)さん(79)=登米市石越町=は2004年のアテネ大会を現地で観戦した。今は3日に1度ほど子どもの動画が送られてくるという。「これまで本当によくやった。ご苦労さんと声を掛けたい」とねぎらった。


2018年10月23日火曜日


先頭に戻る