福島のニュース

<かしまの一本松>表札に再生 散り散りに暮らす人々のよりどころに

「かしまの一本松」で出来上がった表札を手にする五賀会長(右)と高橋社長=福島市大森
伐採され、クレーン車でつられる「かしまの一本松」=2017年12月27日、南相馬市鹿島区

 東日本大震災の津波に耐えながら昨年12月に伐採された福島県南相馬市鹿島区の「かしまの一本松」が、地区住民だった家々の表札に生まれ変わった。福島市の広告業者が協力した。被災して、市内外に散り散りになって暮らす人々のよりどころとなっている。
 一本松のあった鹿島区南右田は地区の70戸が流され、54人が犠牲になった。行政区も解散した。樹齢150年とされる高さ25メートルの松1本が象徴のように残った。住民らでつくる「守る会」が樹勢回復に努めたが、枯死を免れないと判断され、惜しまれながら伐採された。
 伐採木の表札化を探る地区住民のアイデアを報道で知った総合広告美術のタカ工芸社(福島市)の高橋敏夫社長(75)が、表札作りを申し出た。
 松は縦21センチ、幅8.5センチ、厚さ3センチに製材。現代の名工でもある高橋社長が暇を見て半紙に一枚一枚手書きし、スキャナーで読み取って専用のレーザー彫刻機で彫った。側面に「かしまの一本松」と刻むなど、本格的な出来栄えとなった。
 夫婦連名や子どもの名などを含め、これまで計約120枚ができた。守る会の五賀和雄会長(77)らが順次配布している。
 五賀会長は「犠牲者を弔い、復興に向かうシンボルとして一本松を形に残したかった。高橋社長には感謝、感謝に尽きる」と語る。高橋社長は「奇跡の一本松だからこそ地域貢献の一つとして手掛けた。震災復興のお手伝いができて何よりだ」と話す。


関連ページ: 福島 社会

2018年10月24日水曜日


先頭に戻る