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<西澤潤一さん死去>門下生「ノーベル賞見たかった」

 西澤さんは、東北大電気通信研究所(通研)で長年にわたり研究を重ね、指導に当たった。「西澤道場」と呼ばれた研究室で学んだ門下生や元同僚は逝去を悼んだ。
 1969年4月から修士、博士課程の5年間、西澤さんの研究室に在籍した東北大名誉教授の小柳光正さん(71)は「指導は厳しかった。『世界をリードする成果を出しなさい』と教えられた」と振り返る。
 小柳さんがDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)の大容量化の技術を生んだのは、西澤さんの背中を見ながら研究室で学んだ成果だったと説明する。
 「惜しまれるのはノーベル賞を得られなかったこと。自分たち門下生だけでなく、西澤先生も悔しかったのではないか」と残念そうに語った。
 ハードディスク垂直磁気記録の研究で成果を上げた東北工大名誉理事長の岩崎俊一さん(92)は、西澤さんと同い年。互いに通研で研究を積んだことなどからライバルと言われることもあったが、「敗戦後の日本を立て直そうと世界最先端の技術開発を志した仲間だった」と話す。
 闘争心あふれる指導で知られる西澤さんだが「優しい一面もあった」と語る。岩崎さんが父の亡くなる直前に文部省(当時)の科学研究費補助金を獲得した時、「(父への報告が)間に合って良かった」と励ましてくれたという。
 同志の突然の訃報に驚きつつ、岩崎さんは「独創性を追究した彼の姿勢は後世の研究者に受け継がれるだろう」とたたえた。


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2018年10月27日土曜日


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