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<西澤潤一さん死去>真の大学人 幅広い人脈生かす

浅野史郎宮城県知事(左)に青葉山県有地の譲渡を正式に要請する西澤さん=1994年11月
PINダイオードなど画期的な発明、研究を続けていた東北大特別研究生時代の西澤さん
インタビューに応じる西澤さん=2003年

 西澤潤一さんは母校東北大を皮切りに、岩手県立大、首都大学東京のトップを歴任した。研究生活で築いた世界的権威としての名声と指導力、専門分野にとどまらない国内外の幅広い人脈を生かして手腕を発揮した真の大学人だった。
 「研究には厳しいが、学生への愛情や職員への気配りにあふれた人。大学の歴史にも精通し『ミスター東北大』そのものだった」
 元東北大職員で、西澤さんの総長在任中に秘書係長を務めた斎藤文男さん(69)=東北大流体科学研究所特任教授=は惜しむ。多忙でも学生の行事に呼ばれると必ず出向き、入試の時期は職員に菓子を配って労をねぎらった。「エネルギッシュな大学人。多くを学ばせてもらった」と感謝する。
 東北大の大野英男総長は「青葉山新キャンパス移転計画を取りまとめるなど、大学発展への功績に改めて感謝する」とコメント。浅野史郎前宮城県知事は「宮城の誇り、財産だった。社会問題への関心も深く、県の顧問として助言を頂いた。お付き合いできて光栄に思う」と話した。
 東北大総長退任後も引く手あまただった。1998年、岩手県立大に初代学長として招かれ、7年にわたり黎明(れいめい)期の運営に尽力した。「『自然』『科学』『人間』が調和した新たな時代の創造」との建学理念も発案したとされる。
 本年度は開学20年の節目。5月発行の記念誌では「開学に当たり、学問や人生に臨むための基本姿勢として『素心知困(そしんちこん)』という言葉を贈りました」との逸話を披露し、謙虚に学ぶ心構えを学生たちに説き続けた。
 設立に携わった岩手県庁OBは「世界的研究者である西澤先生が初代学長に就いたおかげで最高のスタートを切れた。建学最大の功労者」と語る。鈴木厚人学長は「西澤先生の思いが詰まった建学理念を徹底し、県民の大学として発展を成し遂げることが使命」との談話を発表した。
 増田寛也前岩手県知事(元総務相)は「初代学長は西澤さんしかいないと、仙台に4、5回通い打診を重ねた。承諾してくださった時、肩の荷がすうっと下りた」と振り返る。3年ほど前に東京で会ったのが最後になった。「学長時代と変わらず、かくしゃくとしていた」と在りし日の面影をしのんだ。


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2018年10月27日土曜日


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