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<西澤潤一さん死去>1984年に仙台市名誉市民 産学連携の基礎築く

名誉市民を紹介する市役所ギャラリーホールに掲げられている西澤さんの写真(中央)

 西澤潤一さんは半導体などの研究開発の功績が評価され、1984年に57歳の若さで仙台市から名誉市民の称号を贈られた。研究分野に限らず出身地である仙台の幅広い分野に情熱を注ぎ続けた。
 「研究領域以外の分野にも興味を持つ方だった」と話すのは、奥山恵美子前市長。「育った街、仙台への思いが深く、東北大という資産を仙台の発展にどう生かすべきか、考えていたと思う」と振り返った。
 故藤井黎元市長と親交があり、当時の基本計画「仙台21プラン」を策定する総合計画審議会の会長を務めるなど、市政に影響を与えた。2010年4月に死去した藤井さんの葬儀・告別式では弔辞を読み上げた。
 プラン策定の事務局員だった佐々木洋教育長は「中長期的な視点で、仙台の将来を考えてくれた。先見の明があった」と話した。
 視線は常に世界を向いていた。藤本章副市長は「研究成果を産業界に反映させなければならないという産学連携のイメージをクリアに持っていた。東北全体を射程にとらえ、仙台が目指すべき姿を明瞭に描いていた」と功績をたたえた。
 東北インテリジェント・コスモス構想推進協議会事務局に出向していた工藤雅義・市選管事務局長は「グローバルな視点を大切にし、仙台の産学連携の基礎を築いた。影響は亡くなった後も残る」と語った。


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2018年10月27日土曜日


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