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<あなたに伝えたい>原釜の神楽 見てほしかった

原釜の神楽や伝統芸能の指導を今も続ける誠さん

◎鈴木誠さん(福島県相馬市)から栄子さん、三枝子さんへ

 誠さん 地震の後、母ちゃんに「高台に逃げろ」と言いました。いったんは先に逃げてくれたのに、その後、自宅の瓦が崩れて片付けをしていたら帰ってきてしまって…。俺が心配だったんでしょう。
 2人で片付けをしていたら、「バリバリバリ」という音が聞こえ、津波が来ると分かりました。手を引いて一緒に逃げたのに、母ちゃんは流れてきた竹やぶの下敷きになり、手を離してしまいました。
 おとなしいけど、しっかりした人だったよね。毎日日記を付けて、俺がいくらお金を使ったかも記録していました。
 三枝子は5人きょうだいの末っ子。歌が得意だったね。俺が尺八を吹いて三枝子が民謡を歌う。きかない性格だったけれど、明るくていい子。今も毎日、思い出すよ。ご飯を炊いて2人の仏壇に供えています。
 震災後、母ちゃんと同い年の女性と結婚しました。申し訳ない気持ちもあったけど、分かってくれると思って。その人も3年前、乳がんで亡くなり、今は1人暮らし。寂しいです。
 自宅があった場所は災害危険区域に指定され、更地になりました。そこで年に数回、元住民らが祭りの時などに集まり、原釜の伝統芸能の神楽を披露します。震災の1年後に復活させて、指導を続けています。
 みんな避難でばらばらになりましたが、後継者を育てて伝統を残したい。生まれ故郷で神楽を原釜の人たちに見てほしい。母ちゃんと三枝子にも見てほしかったなぁ。

◎しっかり者の妻と明るい三女

 鈴木栄子さん=当時(72)、三枝子さん=当時(33)= 誠さん(81)は福島県相馬市原釜の自宅で、長男(49)を含め家族4人で暮らしていた。妻の栄子さんは誠さんと高台に逃げている時、三女の三枝子さんは勤め先のスーパーから自宅に戻る途中、津波に巻き込まれたとみられる。


2018年10月28日日曜日


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