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<石巻・のぞみ野 ゼ口からの出発>意識に差 融合に時間も

13日に「町内会」、20日に「団地会」と役員会の日程が書き込まれたカレンダー

 東日本大震災の被災地で最大規模となる集団移転団地「のぞみ野」が宮城県石巻市新蛇田地区に整備された。2015年11月のまちびらきから丸3年。移り住んだ3231人(9月末現在)のコミュニティーづくりは始まったばかりだ。以前の地縁を失った居住者の孤立や孤独死が懸念される中、手探りで一歩ずつ進む復興まちづくりの現場を探った。(石巻総局・鈴木拓也)=4回続き

◎復興まちづくりは今(2)戸建てと集合住宅

 第2土曜日は青字で「町内会」、第3土曜日は赤字で「団地会」。石巻市のぞみ野第1町内会の集会所のカレンダーには、似て非なる組織の役員会の日程が書き込まれてある。

<二つの住民組織>
 団地会は東日本大震災の被災者向け災害公営住宅で、住民が光熱費などの共益費を管理する組織。市は入居時にモデルケースを示し、設立を呼び掛ける。コミュニティー形成を担う町内会とは異なり、町内会発足後も活動する。
 のぞみ野地区では2015年2月〜16年3月に災害公営住宅全22棟が完成した。造成完了が16年12月だった一戸建てに先行し、入居が始まった。団地会は町内会の議論が始まる前に組織され、新市街地のコミュニティーは事実上、団地会が築いた。
 新立野第2災害公営住宅の団地会会長の増田敬さん(67)は「入居後すぐに集会所を開け、活動するように心掛けた。仮設住宅からつながりのある支援団体も手伝ってくれ、まとまりができた」と手応えを語る。
 一方、一戸建ては宅地の引き渡し時期によって建築や入居のタイミングにばらつきがある。このため、隣近所とはあいさつ程度という状況が続き、交流の機会は限られていた。
 「働きに出ている家も多く、町内会設立時の会合への出席率は災害公営住宅より低かった」。第2町内会副会長の上村博也さん(71)は、一戸建てに引っ越した16年9月以降の雰囲気をこう振り返る。
 それでも、第2町内会の一帯は宅地造成が早く、一戸建てと災害公営住宅の交流を積極的に展開。町内会は17年6月にのぞみ野地区で最も早く設立された。

<交流の機会次々>
 引き渡しが遅かったのは第3町内会エリアだ。設立は第2町内会より1年遅い今年6月。設立準備の会合が数人という日もあり、出席者から「まだ住んでいない人もいる。勝手に決めていいのか」との声も上がった。
 被災前に自治会役員を経験した住民が少なく、戸惑いもあったが、夏祭りなどの交流を仕掛けてきた。
 会長の佐藤孝さん(77)は「同じ釜の飯を食べる感覚になるまで時間が必要。『一戸建て』と『災害公営住宅』を分けて考えなくなれば、本物の町内会と言えるのかもしれない」と先を見据える。
 市の委託で自治会設立を支援した一般社団法人みやぎ連携復興センター(仙台市)の佐藤研事務局長(51)は「自治会への理解や普段の交流があるかどうかで設立のスピードが違った。今後は顔を合わせる機会を多くし、互いの立場を分かり合えるようにしてほしい」と期待する。


2018年11月03日土曜日


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