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<石巻・のぞみ野 ゼロからの出発>町内会組織 後手に回る

町内会を横切る幅9メートルの道路。道路を隔てて左が3丁目、右が4丁目。住所の区割りと町内会のエリアが一致していない

 東日本大震災の被災地で最大規模となる集団移転団地「のぞみ野」が宮城県石巻市新蛇田地区に整備された。2015年11月のまちびらきから丸3年。移り住んだ3231人(9月末現在)のコミュニティーづくりは始まったばかりだ。以前の地縁を失った居住者の孤立や孤独死が懸念される中、手探りで一歩ずつ進む復興まちづくりの現場を探った。(石巻総局・鈴木拓也)=4回続き

◎復興まちづくりは今(3)街並み形成

 「町内会の中を横切る大きな道路があると、隔たりを感じる」。石巻市のぞみ野第4町内会長の山口友也さん(65)が指摘する。
 道路は片側1車線で幅9メートル。路線バスが走り、交通量が多い。横断歩道は町内会エリアの端に1カ所ずつで、間隔は約500メートルに及ぶ。山口さんは「高齢者が行き来しやすい設計ではない」と疑問を投げ掛ける。

<スピード感評価>
 東日本大震災に伴う集団移転先として整備されたのぞみ野地区。宮城県内の被災市街地復興土地区画整理事業では最も早い2012年7月に認可を受けた。14年11月に宅地供給を始め、15年2月に最初の災害公営住宅が完成した。
 ハード整備が優先して進められ、同11月に市は「まちびらき」を宣言した。16年に都市景観大賞の都市空間部門で特別賞を受賞。審査では「短期間で事業を進捗(しんちょく)させ、早期の住宅供給を実現した」とスピード感が評価された。
 コミュニティー形成は後手に回った。町内会の区割りは街並みが決まった後に検討され、町内会活動で使える集会所と公園の数に合わせ4地区に分けられた。

<集会所配置偏り>
 4カ所の集会所は、いずれも新市街地の周縁に配置された災害公営住宅の敷地内にある。災害公営住宅の住民だけで交流を深めるには便利だが、一戸建ての住民の利用を考えると使い勝手は必ずしも良くない。
 市から自治会設立に向けての助言を求められた兵庫県立大大学院の沢田雅浩准教授(災害復興計画)は「集会所が災害公営住宅の付帯施設ではなく、もう少し地域の内側にあってもいい。配置計画を議論する機会があれば良かったのかもしれない」と街並みの印象を語る。
 被災地では造成前に住民の意見を聞き、事業に反映させた地域も少なくない。
 隣の東松島市に整備された集団移転先のあおい地区(計画戸数580戸)はその一つ。移転希望者が12年11月に協議会を設立し、街並み検討部会やコミュニティ推進部会などの専門部会を設けた。役員会や総会、ワークショップも実施し、大小合わせた集まりは年90〜120回に上った。
 自治組織「あおい地区会」会長の小野竹一さん(70)は「どの区画に住むかも住民の話し合いで決めた。近くに住む人の生活事情も聞けて、互いの交流が図れた」と強調。「苦労はしたが、住んでから自治会をつくるより良かった。住みやすい街をつくろうという意識があれば、どの地域でもできるのではないか」と話す。


2018年11月04日日曜日


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