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都会に見切り、山形で農作業に挑戦 50代の研修生「夢は農家レストラン」

大河原さん(右)に見守られながら作業を進める佐藤さん

 50年以上暮らした東京に家族を残し、山形県川西町に単身で移住した佐藤英俊さん(55)が町の農業研修生として農作業に汗を流している。東日本大震災の復興工事に携わった縁で、第2の人生を農村で送ろうと決めた。就農を目指し、将来的には農家レストランなど人が集う場所の開業を心に描く。
 地域おこし協力隊農業研修生の佐藤さんは、同町玉庭地区の大河原農園で10月から農作業全般を手伝っている。「自然に囲まれた環境で体を動かす労働は純粋に気持ちが良い。デスクワーク中心だったサラリーマン生活とは充実感が全く違う」と話す。
 震災翌年の2012年春から1年間、気仙沼市を中心に三陸沿岸地域の防災無線整備事業に携わり、がれきが積み上がった土地で必死に生きる人々を目の当たりにした。都会で希薄な住民同士の交流や、飾り気のない人々の暮らしにも魅力を感じたという。
 満員電車に揺られ、毎朝1時間以上かかる通勤を30年以上も続けてきた。見知らぬ人と言葉を交わすことはまれ。一軒家を構えた東京でこのまま暮らし続けることに疑問を抱き、家族を説得し農村に飛び込んだ。
 10年ほど前から家庭菜園に取り組んできた。農業の現場で自分の手で食べ物を作り、育てる魅力を日々体感している。
 大河原農園代表理事の大河原弘さん(63)は「高齢化で地域の担い手が減少する中、貴重な存在。しっかり頑張ってほしいし、しっかり支えたい」とエールを送る。
 町内には佐藤さんと同じような思いで県外から移住した農業研修生や新規就農者がおり、全くの知らない土地でも心強い。任期は3年。
 「任期中に農業の基礎を十分身に付け、ゆくゆくは家族でこの地で暮らしていきたい」と佐藤さん。「農業には定年がない。生涯現役の気持ちで頑張りながら四季折々の生活を楽しみたい」と話す。


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2018年11月04日日曜日


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