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石巻復興きずな新聞7年 被災者と共にこれからも 手渡し配達で見守り

石巻復興きずな新聞を手にする岩元さん。被災者一人一人に手渡しするスタイルを貫く

 宮城県石巻市の仮設住宅や災害公営住宅で、東日本大震災の被災者に手作りの情報紙を届ける取り組みが、スタートから7年となった。貧困、孤立、孤独死など住民が抱える課題は時間とともに変化する。配達を通して被災者個々の悩みに耳を傾け、復興の光と影を見続けながら「最後の一人まで」を支える。
 情報紙は「石巻復興きずな新聞」。民間団体の石巻復興きずな新聞舎(石巻市)が月1回、6000部を発行する。岩元暁子さん(35)が代表兼編集長を務め、ボランティア約35人が記事執筆や配達に協力する。A4判4ページに、仮設住宅や災害公営住宅の催しや生活情報を載せている。
 震災から7年半が過ぎ、市内の仮設住宅は次々と姿を消している。配達の大半は移転先となる災害公営住宅が占めるようになった。
 岩元さんは、残り少なくなった仮設住宅の住民を見る周囲の目の変化を感じる。「甘えている」「自立していない」と冷ややかな声が聞こえるようになった。「亡くした家族を思い就労意欲が出ない人や、自宅の再建を後回しにする大工さんがいる。仮設を出られない状況は必ずしも被災者の責任ではない」と訴える。
 災害公営住宅の課題も顕在化してきた。仮設住宅で築いたコミュニティーを失い、孤立感と喪失感を抱く高齢者が増えている。岩元さんらは、見守り活動が特に必要と判断したエリアを重点的に手渡しで配り、近況の把握に努める。
 きずな新聞は、震災の半年後に創刊された「仮設きずな新聞」が前身。被災者支援団体「ピースボート災害ボランティアセンター」が発行し、センター職員だった岩元さんが編集長に就いた。月2回、最大で市内134カ所の仮設住宅団地に約7500部を配ったが、資金難などで2016年3月に終刊した。
 岩元さんは「仮設に最後まで寄り添う新聞でありたい」とセンターを退職。インターネットで寄付を募り同年6月に再開させた。最新号は創刊からの累計で140号に当たる。
 継続する支援活動のスタイルが評価され、きずな新聞は本年度のグッドデザイン賞(日本デザイン振興会主催)にも選ばれた。
 発行資金は宮城県の助成金と全国からの寄付に頼る。継続は容易ではない。岩元さんは「災害公営住宅が抱える課題は大きいが、話を聞いてもらうだけで頑張れる人もいる。仮設住宅がなくなっても発行を続けたい」と力を込める。


2018年11月06日火曜日


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