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<原発事故>発生直後の記録生々しく 福島県原子力センター初公開

資料の放射線量を確認する福島大関係者。3月14日に書かれた黒板には、3号機に関する「1F3 水素爆発」の記述もあった

 福島県は8日、東京電力福島第1原発事故直後に周辺の放射線測定の拠点になった同県大熊町の県原子力センターを報道各社に初めて公開した。部屋の黒板には測定値のほか、3号機原子炉建屋の水素爆発があったことが記され、当時の緊迫感を伝えている。
 センターは第1原発から約5キロ離れた帰還困難区域にある。事故前は第1原発と福島第2原発の周辺に放射線測定局23局を設置するなどして、環境放射能の監視を担った。2011年3月11日の地震後も職員らが詰め、14日夜に撤退するまで測定などに当たった。
 職員が業務を行った部屋の机の上には、書類や非常食が残されていた。黒板には敷地内の測定局の放射線量や風速の数値が並んでいた。
 震災、原発事故の資料収集作業に合わせて公開された。8日は県の委託を受けた福島大の教員が部屋のレイアウトを記録したり、資料の持ち出しに向けて放射線量を測ったりした。同大の担当者は「事故時に県がどう動いたかが分かる場所。資料は証言の聞き取りにも役立つ」と収集の意義を語った。
 県は20年度にも双葉町に整備するアーカイブ拠点施設で資料を保管展示する。県は、原子力センターと、事故対応拠点になった隣の旧オフサイトセンターを20年度をめどに解体する方針。


2018年11月09日金曜日


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