岩手のニュース

<あなたに伝えたい>防災に努め胸張って再会を

美和子さんと一緒に植樹した木を見上げる一義さん

◎佐々木一義さん(陸前高田市)から美和子さんへ

 一義さん 仮設住宅で1人暮らし。お母さん、寂しいよ。俺、寂しがり屋だからさ。
 10月31日は65回目の誕生日だったね。おめでとう。38年前に結婚式を挙げた氷上神社でお参りしてきました。一緒に記念植樹した木は大きくなったなあ。あの日の、めんこい笑顔を思い出しました。
 実家が近く、小中学校の同級生。中学生で恋心を抱き、3回ラブレターを書いたけれどふられた。それが大人になって、自然と付き合うようになりました。
 「侍母ちゃん」。4人の子どもからそう呼ばれていました。風呂でカラオケをするテレビ番組に出演した時、一緒に歌おうと言ったら会話してくれなくなりました。
 「幸せにする」って言ったのに、苦労を掛けました。経営するスーパーを倒産させた時も「ここで頑張っぺし」と励まされ、笑顔に支えられました。「一生守るから」って約束したのに、守れなかった。
 見つかったお母さんは、とても穏やかな表情でした。いつも食後に着所寝(きどころね)しているように。涙を流しながら「お帰り」ってほほ笑んでいました。
 震災から半年後、市議になりました。古里を離れた知人の「陸前高田を頼む」という言葉が心に残り、決断しました。お母さんは政治的な色を着けたがらないから、反対しただろうな。
 生き残った者として、まちの防災に努めたい。若者たちの力になりたい。10年後に胸を張って会いたいから、待っていてね。

◎苦しい時も笑顔で支えてくれた妻

 佐々木美和子さん=当時(57)= 陸前高田市高田町で夫一義さん(65)と暮らしていた。東日本大震災の地震の後、勤務していた市中心部のそば店から自家用車で近くに住む母を迎えに行き、津波に襲われたとみられる。遺体は2011年4月3日に見つかった。


2018年11月11日日曜日


先頭に戻る