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<仙台いやすこ歩き>(90)ワイナリー/ミネラル豊富食を応援

 今日のいやすこはバス旅だ。仙台駅から約30分、降り立ったのは仙台市太白区の秋保温泉郷。5分ほど歩くと、あったあった、今回の目的地である「仙台秋保醸造所」(秋保ワイナリー)のおしゃれな看板。坂道を上れば、青空の下に広がるブドウ畑に「わぁー、日本じゃないみたい」と歓声を上げてしまう。
 醸造所もカフェのある建物もシック。大きな窓から絵のような風景を見晴らすテーブルで、代表取締役の毛利親房(ちかふさ)さん(50)にお話を伺うことにする。
 ワイナリーを始めたきっかけは東日本大震災。震災前、設計事務所に勤めていた毛利さんは、女川駅舎施設「ゆぽっぽ」の設計に携わる。思い入れのある建物だけに、救援活動や復興会議にも加わった。100年分のがれきをどうするかから始まり、漁業・農業の再開へ向け、話し合いを重ねた。
 「震災前の会議は役所や建設関係の方ばかりだったのですが、復興会議では漁師さんや農家の方たちと出会い、話を聞くことができたのが大きかったですね」。そして、宮城の食の応援のために、ワイン醸造を思い立つ。
 なぜ、この秋保の地が選ばれたのだろう。毛利さんは、ブドウ栽培に適した土地を探していた時、耕作放棄地になっていたこの土地に出合い、瞬く間に土地が借りられることになったと話す。
 「実はすごいんですよ。北に杉林、南が開けていて東西にしか風が吹かない、ブドウを育てるには絶好の土地だったんです」。イタリアにある世界で最も美しいブドウ畑は、凝灰岩質でミネラルを豊富に含む。この土地も杉林側に秋保石(凝灰岩)の地層がある。
 「そんな土地で育ったブドウで造るミネラルたっぷりのワインは、魚介類にぴったりなんです。世界三大漁場を控えた宮城にとっても格好の地。もちろん秋保の有機野菜など、地場の食材に合うワインを造ることを目指しています」。毛利さんは静かな情熱を込めて話す。
 ブドウを植樹したのが2014年。翌年12月17日に宮城初のワイナリーをオープンさせる。植えたのはヨーロッパの品種4種。「宮城の食の応援には、いいブドウでいいワインが大前提ですから」
 土作り、品種選びからワイン造りへ。毛利さんをはじめとする挑戦者たちが夢と情熱を注ぎ、県内にさらにワイナリー4社を増やそうとしている。ここは、そのための若い人たちの研修の場にもなっていて、今日も南三陸町の青年がブドウの摘み取りに精を出す。夢広がる風景だ。
 毛利さんは食とワインのマリアージュ(組み合わせ)の打ち合わせのために、仙台市内のレストランシェフにも会いに行く。産地とつながり、店とつながり、ワインと食の輪を広げようと東奔西走している。
 自社の畑のブドウで仕込んだ念願のワイン。一般向け販売は来年以降の予定だが、醸造所のカフェでこの秋、グラスワインでの提供が始まった。
 屋外のテラスには、笑顔でグラスを掲げる女性たちがいた。よーし負けてはいられない、私たちも宮城の大地の恵みにカンパーイ。白ワインを飲んでは「爽やかで、なんかシュワーっとしてる」、赤ワインを飲んでは「ピリッと苦味もあって大人の感じ」と幸せ気分。地元のハムやチーズと合わせて飲めば、さらに味わい深し!だ。

◎ザビエルが伝えた醸造酒

 ワイナリーとは、ワインを生産する建物や不動産、ワイン製造に関する事業を指す。ワイン職人がいて、ワインを醸造・生産する所で、日本酒でいう酒蔵に当たる。
 日本にワインが伝わったのは1549(天文18)年で、宣教師ザビエルがキリスト教とともにもたらした。国内初の醸造所は1874(明治7)年、甲府市に創設されたぶどう酒共同醸造所。最初にヨーロッパのブドウの苗木が植栽されたのは90(同23)年、新潟県である。
 日本のワイン造りの歴史は150年近くになるが、原料のブドウやブドウ液を輸入したり、食用ブドウを利用したりして造るワインが主流だった。
 現在、日本のワイナリーの数は280を超えるとされるが、ヨーロッパのブドウの苗木から育てた自社畑産のブドウのみで仕込むワイナリーが登場したのは、ここ数十年ほどのことに過ぎない。
 ちなみに家庭での1人当たりのワイン消費量を見ると、宮城県は全国4位(2016年度)と上位である。
(参考資料/竢o版社「ワイン」)


2018年11月12日月曜日


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