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<戊辰戦争150年>列藩同盟の背景考える 宮城・白石で研究者らシンポ

奥羽越列藩同盟の経緯や各藩の思惑を若手研究者が議論したシンポ

 戊辰戦争の際の奥羽越列藩同盟を仙台、米沢、秋田各藩の視点から研究者が議論するシンポジウム「戊辰戦争 奥羽の選択 それぞれの列藩同盟」が11日、白石市ホワイトキューブであった。新政府から「朝敵」として追討令を受けた会津藩を救おうとした同盟の経緯や各藩の事情を考えた。
 同盟の盟主となった仙台藩について東北大大学院文学研究科の栗原伸一郎学術研究員は「奥羽の鎮守府将軍を自任する大藩として地域の問題を収束させる意識や、薩摩藩への対抗心もあった。他藩からの批判や度重なる敗戦で主導性は次第に抑制された」と話した。
 米沢藩は列藩同盟を仙台藩と主導しながら、いち早く降伏。東北大東北アジア研究センターの友田昌宏専門研究員は「全面戦争に踏み切ろうとする仙台藩の歯止めとなり、旧領の越後諸藩に同盟加盟を呼び掛けるなど役割を果たしたが、戦局の悪化とともに自藩第一主義に傾いた」と述べた。
 列藩同盟を離脱し、新政府軍に加わった秋田藩。国立歴史民俗博物館の天野真志特任准教授は「藩主の佐竹家は天皇家に連なる名家で、藩内外から勤王を常に求められた。内乱を回避するために同盟にとどまるべきか、新政府に付くか模索を続けた」と説明した。
 列藩同盟結成につながった白石会議が開かれ、中心機関の奥羽越公議府が置かれた白石で歴史を振り返ろうと市教委が主催し、約390人が来場した。


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2018年11月13日火曜日


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