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<伝統は流されない>山元・中浜神楽の今(中)つながる 苦難背負い伝承 同じ姿

中浜神楽を説明する(左から)高山さん、千尋さん、斎藤さん=8月20日、沖縄県伊江村の伊江小

 東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けた宮城県山元町中浜地区で、受け継がれてきた伝統芸能がある。地元の中浜天(てん)神社に住民が奉納していた中浜神楽だ。震災後、休止したままの神楽保存会は、同町坂元地区の坂元神楽保存会と共に子ども神楽の指導という形で活動を続ける。伝統芸能が盛んな沖縄県を訪れるという新たな展開もあった。復活を目指す中浜神楽に思いを寄せる人々の今を伝える。(亘理支局・安達孝太郎)

 「東日本大震災の津波で保存会は散り散りになり、今は3人で子ども神楽を教えています」
 8月20日、沖縄本島北部に近い伊江島にある沖縄県伊江村伊江小。音楽室で、山元町の中浜神楽保存会の高山一男さん(69)、千尋正さん(70)、斎藤新弥さん(74)が自分たちの活動を説明した。
 伝統芸能を引き継ぐためのヒントを探ろうと企画された「伊江村×山元町タウンミーティング」。斎藤さんが、しの笛でゆったりとした曲調の嫁御(よめご)踊りを吹いた。「舞っている嫁御の所にキツネが来て、ばかにするんです」と斎藤さん。島民は中浜神楽のイメージを膨らませた。

<学校の活動紹介>
 中浜神楽をベースにした子ども神楽を行う山元町坂元小から渡辺美由紀校長(56)と佐々木洋美教諭(59)も参加し、同校の取り組みを紹介した。
 会場には国の重要無形民俗文化財「伊江島の村踊(むらおどり)」の関係者や、村踊を小学校の活動に取り入れている教員ら40人が集まった。
 ミーティングを仕掛けたのは、共に沖縄県立芸術大准教授の呉屋淳子さん(40)と向井大策さん(41)。2人は両町村の芸能関係者と交流を続ける。
 呉屋さんは2017年春に芸術大に赴任するまでの2年間、山形大に在籍した。民俗芸能を生み出す場としての学校を調査していた呉屋さんは、坂元小の子ども神楽に注目した。
 伊江島の村踊は、島民が江戸時代に本土を旅した際に見た踊りを取り入れたとされる。沖縄でも独特の芸能だ。他の地域と同様に、後継者育成の課題を抱える。
 「風土も置かれた状況も違う二つの地域が出合うことで、新しい何かが見えてくるかもしれない」。呉屋さんがミーティングの狙いを語る。

<「古里を感じる」>
 後半、参加者は5、6人ずつの班に分かれて芸能の未来を語り合った。
 太平洋戦争末期の沖縄戦で米軍が上陸し、島に残っていた住民の半数約1500人を含む約4800人が亡くなった伊江島。ある班では「戦後に村踊を続けた島民と、震災の被災地で伝統芸能を継承しようとする人たちとの間に同じような思いを感じる」という声が出た。
 戦闘終了後、伊江島の人々は別の島の収容施設に送られた。戦後の村踊はその施設で始まった。そんな歴史に触れながら、伊江小の比嘉悟校長(55)は「芸能を続けることで子どもたちは古里を感じることができる」と語った。
 伊江村民俗芸能保存会の内間亀吉会長(80)は現地召集された父が戦死し、家族と移された渡嘉敷島で村踊を見た。「懐かしく、勇気づけられた」。70年以上前の記憶が今も残るという。
 「神楽を続ける意味を改めて考えることができた」。この日の出会いを振り返る坂元小の渡辺校長は、村民と交流を深めるための話し合いを呉屋さんらと進めている。


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2018年11月19日月曜日


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