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<週刊せんだい>仙台のここがすごい(4)歴史や文化 郷土愛育む 地域に根差す活動へ

地元学の講座を受講した人たちの成果は、冊子にまとめられています
「宮城野盆唄」を踊った宮城野町会の盆踊り=8月
<いまいずみ・たかとし>1940年旧満州(中国東北部)生まれ。会社を定年退職後、妻・規子(のりこ)さんが代表を務める「かたつむり」に参加。

 仙台市各区の魅力的なスポットや取り組みを、地元に寄り添う市民ライターの視点、若々しい学生記者の視点から紹介します。

◎宮城野区・歴史学

 宮城野区は、地域の歴史や文化などを見つめ直す「地元学」の講座開講に、先駆的に取り組んできました。講座を通じて育まれてきた住民たちの郷土愛は、地域に根差したさまざまな活動として花開いています。
 地元学の講座は区が誕生した翌年の1990年9月に始まりました。区が事務局を務める実行委員会が主催し、参加した市民が榴岡公園や原町本通りの歴史、施設などを調べました。行政が住民に働き掛け、地域の文化などを学ぶこうした取り組みは、当時はまだ珍しいものでした。
 翌年度から、鉄砲町・二十人町、新田、宮城野、岩切など計8地区を6年かけて調査し、区内をほぼ一巡して終了。その後は、講座の趣旨に賛同した市民たちのつくった「地元学の会」による講座やイベントが、2006年度まで続きました。区内の市民センターでは現在も、地元の文化や歴史を学ぶ講座が随時開かれています。
 住民団体のガイドボランティア「宮城野さんぽみち」は6年前から、JR仙台駅東口の歴史を街歩きで紹介しています。見過ごされがちな地域の歴史の名残に脚光を当てる、地元学の精神を受け継いだ活動です。
 リピーターも多く、小学校や中学校からの依頼も絶えません。久保一事務局長(67)は「『街を深く知ることができて楽しかった』の声がうれしいんです」と話してくれました。
 今年8月、郷土への愛着がさらに増しそうな新たな取り組みが始まりました。宮城野地区に住んでいた詩人の故渡辺波光さんが作詞した盆踊り「宮城野盆唄」の普及活動です。
 渡辺さんの地元・宮城野町会ではずっと踊り続けていますが、近年踊り継ぐ地域は減っているそうです。今年は区が町会を応援し、宮城野高の生徒に参加を呼び掛けました。楽天生命パーク宮城の正面広場に会場を設営した町会の盆踊りには約300人が集まりました。
 初参加した同校の生徒は「地域に触れるきっかけになりました。また踊りたい」と笑顔で話します。若者たちがこぞって盆踊りを踊る。そんな夏の風物詩が、そう遠くない将来、区内に誕生するかもしれません。

<取材を終えて/東北学院大3年・斉藤麻衣さん>
 宮城野区に約5年間住んでいました。今回、区をこよなく愛する人たちに話を聞き、「地元学」が区民から親しまれているのを強く感じました。

<宮城野区データ>JR仙台駅東口から港湾地区にかけて広がる。塩釜や石巻方面に向かうJR東北線、仙石線、国道45号などが貫く交通の要衝。海辺の近くは東日本大震災の津波で被害を受け、住民の多くが移住を余儀なくされた地域もある。
 プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地楽天生命パーク宮城や仙台うみの杜水族館、各種イベントが開かれる夢メッセみやぎなど、人の集まる施設があり、日本一低い日和山(標高約3メートル)などの名所もある。
 2018年4月1日現在の人口は18万9011。面積は58.19平方キロ。

◎この区のここが好き/遺構や説話が身近に/人形劇グループかたつむり 今泉孝紀さん(78)

 宮城野区の魅力は、人々の暮らしに根差した歴史が息づいていることだと感じます。陸奥国府のあった多賀城市や、陸奥国分寺の置かれた若林区、仙台城のあった青葉区などと比べると、知られた史跡はないかもしれません。しかし生活している人が見える遺構や説話などが多いと思います。
 「かたつむり」は、私の住む高砂地区に伝わる昔話などを人形劇の演目にしています。貴重な言い伝えを劇で残そうと、区内外で20年以上活動しています。
 「牛の親子」という演目では、子連れの母牛をオオカミが襲います。しかし「お母さんを食べるなら私を」と立ちはだかる子牛の勢いに負け、立ち去ります。権力者に立ち向かう力強い庶民の姿が、牛の姿を借りて描かれています。
 市民センターによる「地元学」に関連した講座で、区の東部の寺や石碑の調査をしたこともあります。この辺りは、七ケ浜などで取れた魚を仙台へと運ぶ人、各地から仙台に集まったコメを船で運ぶ人たちが行き交った場所です。
 JR陸前高砂駅前には、20世紀初めに旧高砂村長を務め、地域の発展を支えた花淵源吉の石碑があります。福室の耕地を整備し、豊かな水田地帯を誕生させた功績などが刻まれています。ぜひ見てほしいです。
 区内は仙台港の発展や、東日本大震災で津波などの被害を受け、歴史遺構が失われつつあります。そのまま地域の歴史が忘れられてしまうのは残念です。次の世代に歴史を伝えていくのはわれわれの世代の役割だと思っています。

<取材を終えて/東北大3年・村上敦哉さん>
 大学新聞の記事執筆をしてきましたが、改めて人と接する楽しさを実感しました。現在住んでいる多賀城市のことも学びたくなりました。


関連ページ: 宮城 文化・暮らし

2018年11月22日木曜日


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