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サン・ファン号、奴隷運ぶ? マニラで売却後の足跡に新説 米の歴史家提唱

17世紀、欧州の奴隷貿易に使われていたとの説が浮上したサン・ファン・バウティスタ号の復元船=石巻市のサン・ファン館

 慶長遣欧使節船「サン・ファン・バウティスタ号」が、17世紀の欧州の奴隷貿易の運搬船に使われたという説を米国の歴史家が提唱し、宮城県内の使節船関係者の注目を集めている。399年前、北米大陸に初めて上陸したアフリカ人奴隷の輸送に関わっていたという。サン・ファン号はマニラでスペイン政府に買収された後の足跡が不明で、後年の様子が明らかになる可能性がある。
 新説は米国の歴史家キャサリン・ナイト氏が昨年8月、県慶長使節船ミュージアム「サン・ファン館」(石巻市)に伝えた。浜田直嗣館長は「サン・ファン号が大航海時代、大西洋も渡り、かつ奴隷貿易に関わっていたとの話は非常に興味深い」と話す。
 ナイト氏が同館に寄せた研究内容によると、サン・ファン号を買収したスペイン政府は船を当時の在英スペイン大使に譲渡。その後、大使の親類で、後にサン・ファン号の船長となるマヌエル・メンデス・デ・アキューナに渡った。
 アキューナは1619年5月、サン・ファン号でアフリカ西部のルアンダ港(アンゴラ共和国)に渡航。現地で奴隷350人を調達したことが当時の資料などから分かったとしている。
 奴隷を輸送中の同年7月には、メキシコのカンペチェ湾で英国の海賊船2隻の襲撃を受け、50〜60人の奴隷が奪われた。サン・ファン号は激しく損傷した状態でメキシコに到着したという。
 奪った奴隷を乗せた海賊船「ホワイトライオン」は同年8月、英国の新植民地だった現在の米国バージニア州に着き、食料と引き換えにアフリカ人奴隷約20人を売却したことが史実として知られている。
 到着地は同州のジェームズタウンと言われているが、ナイト氏はさらに50キロ離れたハンプトンだったと指摘している。同館に対し「バージニア州の入植地を救った最初のアフリカ人の到着は、米国の歴史上、最も重要な出来事の一つだ」と伝え、サン・ファン号の関わりを重要視する。
 ナイト氏は初のアフリカ人奴隷入植から来年で400年となるのを前に、米国の歴史家らでつくる「プロジェクト1619」に参加し、奴隷史研究を進めてきた。来年、記念イベントを計画し、サン・ファン館関係者を招請している。
 浜田館長は「米国との結び付きが分かり、サン・ファン号の歴史上の価値はさらに高まるだろう。今後も米国の研究を注目したい」と期待する。

[サン・ファン・バウティスタ号]仙台藩祖伊達政宗の命を受け建造され、支倉常長ら慶長遣欧使節団が乗った洋式の木造帆船。スペイン語で「洗礼者聖ヨハネ号」の意。1613年10月に石巻市の月浦を出港。18年4月に通商交渉を終えた使節団一行を乗せ、フィリピンのマニラに同年8月に到着後、スペイン政府に売却された。


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2018年11月26日月曜日


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