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<仙台いやすこ歩き>(91)乾のり/海の香り広がる味わい

 朝7時15分、塩釜港を塩釜市営汽船で出航。松島の海を進むこと30分で塩釜市浦戸桂島に到着。いやすこ初の、島での取材だ。早速、出迎えてくれた宮城県漁協塩釜浦戸支所の鈴木洵さん(39)に連れられて別の岸壁へ。
 今朝摘み取ったばかりの生ノリを満載した船が到着したところだった。今回のテーマは乾のり。そして今日は、今年のノリの初摘みの日なのだ! ノリは万丈(ばんじょう)という青い籠に入れられ、近くの加工場へ。家族を中心とした7人でノリ養殖を営む有限会社千葉水産の工場には、初日の活気と緊張がみなぎっている。
 まず、生ノリからアカモクなどの海藻や貝を取り除くことから作業開始。「今日は機械の試運転でもあるから、いつもの半分以下の量だよ」。忙しく立ち働く千葉水産の2代目社長・千葉周さん(47)に代わって、お父さんの千葉真澄さん(76)が教えてくれる。
 半量でも800キロ。それを3人で手と目で確認するのだからすごい。「手の感覚が大切。冬になると小魚も入ってるの。藻の中はあったかいからね」と、お母さんの八重子さん(75)。
 作業の合間を縫って、周さんが工場内を案内してくれる。異物を取り除いた後は機械の出番。海水で洗浄し微細な混ざり物を除去したら、細かく切り、水道水で塩分を除き、水分を抜きながら成形、乾燥させる。今でこそ機械化されているが、以前は全て手作業だったそうだ。乾燥時間は約2時間50分。けさ取れたノリが、その日のうちに乾のりになるというのだから、びっくりである。
 千葉水産では通常1日2回出港し、1日当たり4万〜5万枚の乾のりを生産する。繁忙期の仕事は夜中の12時を回ることも。「12月になると養殖の網を張り替えて、またノリを育てます。ノリは二期作で、摘み取り・加工は3月いっぱい続くんですよ」(周さん)
 浦戸支所内では東日本大震災後、千葉さんの有限会社と、個人の養殖漁師、被災したノリ生産者グループが立ち上げた合同会社の3軒が操業している。合同会社の工場では間もなく乾燥が終わるというので、いやすこ2人、浜を走る。
 しーんと息詰まる時間を突き破るように「出てきたぞ」の一声。と、乾燥機の口から漆黒に輝く乾のりが整然と流れてくる。見守っていた養殖漁師さんたちが、頬を緩ませ静かにハイタッチ。皆さんのご苦労が伝わる一瞬。この瞬間が一番うれしく、ほっとする時だそうだ。この後も女性たちによる入念なチェックが行われ、束になった乾のりに紙帯が巻かれていく。
 最後に、周さんに伺った。他の仕事を経験した後、ノリ漁師となって15年目の周さんは「自然相手で大変だけどやりがいのある仕事。この先も頑張りたい」と力強く話してくれた。
 一番摘みの貴重な一枚をいただいた。かみしめれば、口の中に海の香りがふわっと広がる。ふくよかな味わいで、厚いのに歯切れもいい。「ノリってこんな味だったんだぁ」と画伯。もったいないから、家に帰っておにぎりにしようと、2人は元気に帰りの船に乗り込んだ。

◎松島湾が全国主要の漁場

 日本で天然ノリを食用にした最古の記録は奈良時代で、養殖が始まったのは江戸時代中期といわれる。1949年に英国の藻類学者キャサリン・メアリー・ドリュー・ベーカー女史が、ノリの夏期の生態を解明。これを受けて九州・有明海で画期的な養殖技術が開発され、普及した。
 宮城県のノリ養殖は気仙沼湾で江戸時代に始まり、昭和30年代には七ケ浜町から石巻市にかけての松島湾が全国でも主要な漁場となった。国内最北の養殖で、宮城県漁協のブランド名は「みちのく寒流のり」。ノリは最初、波の静かな湾内に立てた竹の支柱に張った網で育てる。網は干満の差によって1日2回水面から出る高さに固定。ノリの芽が1〜2センチに成長したところで網を沖へ移し、20センチほどになった頃に摘み取る。宮城の乾のり初出荷は例年11月下旬で、全国で一番早い。
 「みちのく寒流のり」は塩釜市の塩釜マリンゲートや仙台駅前の仙台朝市などで販売。県漁協塩釜浦戸支所でも12月20日以降、取り扱う予定。
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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2018年11月26日月曜日


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