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<週刊せんだい>仙台のここがすごい(5)歴史が息づく集いの場 出店多彩客層広がる

大勢の人でにぎわう「お薬師さんの手づくり市」=10月
天平の昔をしのぶことができる史跡陸奥国分寺・尼寺跡ガイダンス施設
[もり・まさみ]1943年仙台市生まれ。六・七郷堀サポーターズも務め、小学校や老壮大学で地域の歴史を講演している。

◎若林区 お薬師さんの手づくり市

 若林区木ノ下の陸奥国分寺薬師堂は、奈良時代に聖武天皇の命で造られた陸奥国分寺跡地に17世紀初め、仙台藩祖伊達政宗公が建立しました。その境内で毎月8日、「お薬師さんの手づくり市」が開かれています。
 緑豊かな史跡に約150の色とりどりのテントが立ち並ぶ市は、午前10時に始まります。子ども連れの家族やお年寄り、犬の散歩をする人ら、始まると同時に多くの人が行き交います。市内でも有数の歴史を誇る祈りの場が、活気あふれる集いの場として人々に親しまれているのです。
 市は2008年11月に始まりました。地域住民や薬師堂の関係者らでつくる実行委が運営しています。実行委員の一人、西大立目祥子さん(62)は「地域の人々が近くで食料品を買える場にしたいという市開始時の地元町内会長の思いや、毎月8日の縁日大護摩祈祷(きとう)に続く形で実施したいという住職の思いを反映させました」と説明してくれました。
 洋服や陶芸作品、米、野菜、菓子、ロシア料理−。市の名前が示す通り、販売するのは手作り品のみ。ここでしか買えない物、味わえない物も数多くあります。現在は雑貨と食品の100店を上限に、毎月抽選で出店場所を決めていて、地元や隣県、遠くは東京や栃木からの出店もあります。市の開催前の会場の草刈りや、当日の駐車場整備も実行委員が自ら当たる、まさに「手づくり」の市です。
 初め、市の来場者は約300人だったそうです。丸10年たった今は、少なくて3000人、多い日には8000人以上の人でにぎわいます。15年に市地下鉄東西線が開通し、近くに薬師堂駅ができてからは、なじみの客に加え、太白区や泉区などから足を運ぶ新しい客層も増えつつあると聞きました。
 薬師堂の仁王門近くに17年、市が陸奥国分寺・尼寺跡ガイダンス施設を開設しました。朱色の柱の並ぶ天平回廊が目に鮮やかで、これまで以上にこの場所の由緒を際立たせています。歴史を肌で感じながら買い物も楽しめる。手づくり市に足を運び、そんなすてきな体験をしてみませんか?

<取材を終えて/市民ライター・佐々木真理さん>過去のどの時代をみても興味深い歴史のある若林区を、もっともっと知りたくなりました。今度は、いろいろな場所を実際に歩いてみたいです。

◎この区のここが好き/隠れた史跡 小泉屋敷/南小泉地域支援友の会代表 森雅美さん(75)

 若林区は市内でも歴史の薫りが色濃く漂う地域です。特に私の住む南小泉地区には多くの史跡があります。4〜5世紀に造られたとされる遠見塚古墳や、聖武天皇の命で8世紀に建立された陸奥国分寺、仙台藩祖の伊達政宗が晩年を過ごした若林城など有名な場所以外に、区民にもあまり知られていない場所として「小泉屋敷」があります。
 小泉屋敷は仙台藩4代藩主伊達綱村が1692年に造営を始めた別荘。現在の南小泉1丁目のほぼ全域に広がる大きな屋敷でした。区の文化センターがある場所も屋敷の一部です。
 センター東側の道路は屋敷の北門と南門をつなぐ道でした。屋敷の南には堀がありました。現在はふたで覆われ、歩道になっています。
 多くの人に小泉屋敷を知ってもらうため、屋敷絵図を描いた風呂敷を作り、センター内の若林図書館に掲示しています。紙と違って破れない風呂敷にデザインすることで、絵図を何度も見て、屋敷の話で盛り上がってほしいと思います。
 「小泉」という地名の由来は良質の水が湧いたからと言い伝えられ、人々は古くからここに集落を形成していたと考えられています。現在の「南小泉」に名称が変わったのは明治時代。当時、同じ宮城郡内に松島の高城小泉村があり、南にある小泉村として区別したのです。
 弥生時代から平安、藩制期にかけての面影をうかがえる場所がたくさんある。それが南小泉の魅力です。

<取材を終えて/市民ライター・阿部哲也さん>
 森さんの話を聞き、若林の昔と今の景色がつながりました。時間は連続し、身近な景色や物事一つ一つにも歴史があると、改めて実感しました。

[若林区データ]50.86平方キロの広さは、仙台市の5区の中で最も小さい。仙台藩祖伊達政宗が晩年を過ごした若林城が、区名の由来になっている。
 東日本大震災の津波では、区の東部に甚大な被害が出た。荒井にせんだい3.11メモリアル交流館が置かれ、被災した旧荒浜小が震災遺構として公開されるなど、災害の記憶を後世に伝える役割も担う。
 2015年に市地下鉄東西線が開通し、区内に五つの駅が置かれた。市中心部とのアクセス改善により、区域の急速な変化が予想される。18年4月1日現在の人口は13万4649。


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2018年11月29日木曜日


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