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<旧優生保護法>恨むべきは国だった 訴訟原告の男性、手術は父が受けさせたと誤解 45年ぶりの墓参で謝罪

両親の墓前で手を合わせる男性。「結婚式にも呼ばなかった父に、今は謝りたい」と語った=29日午前10時ごろ

 旧優生保護法(1948〜96年)下で避妊手術を強制されたとして、5月に東京地裁に国家賠償請求訴訟を起こした宮城県出身の男性(75)=東京都=が29日、仙台市にある両親の墓を約45年ぶりに訪れた。国が強制手術を推し進めた実態が明らかとなり、「手術を受けさせた」と恨み続けた父に会いたくなった。「誤解して、すまなかった」。墓前で男性はこうべを垂れた。
 男性は仙台市内にあった児童自立支援施設にいた1957年ごろ、避妊手術を受けた。「元気でやれよ」。手術の直前、父から一言だけ声を掛けられたのを鮮明に覚えている。
 麻酔から覚め、歩けないほどの痛みを感じた。子どもをできなくする手術だったと後日知り、絶望した。父を恨み、成人になる前に宮城を去った。
 72年に東京で結婚したが家族には伝えず、翌年、父が亡くなった。墓前に立つのは、それ以来だ。
 今年2月、仙台地裁の国賠訴訟を報道で知った。20年以上、被害を訴え続けた宮城県の飯塚淳子さん=70代、活動名=の「他の被害者にも勇気を出して名乗り出てほしい」との呼び掛けが、心に刺さった。
 2013年に病死した妻には、亡くなる直前まで手術の事実を明かせなかった。妻の親に「孫の顔が見たい」と言われるたびに「情けなくて悔しかった」。手術記録は見つからなかったが5月、提訴に踏み切った。
 父はどんな思いで手術を受けさせたのか。「子どもに優生手術を積極的に受けさせる親なんていない。国が手術を推進する中で、父にも葛藤があったんだろう」と今は思う。
 12月4日に発足する「優生手術被害者・家族の会」で、飯塚さんと共に代表に就く。「恨むべきは父ではなく国だった。他の被害者と手を取り合い、何度でも国に言いたい。俺の人生を返してほしい」


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2018年11月30日金曜日


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