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<秋篠宮さま会見詳報>大嘗祭の国費支出に疑問 「宗教色強い」

 秋篠宮さまが53歳の誕生日に際し、紀子さまと共に臨まれた22日の記者会見の詳報は次の通り。

 ―来年5月に皇位継承順位第1位「皇嗣(こうし)」になることへの抱負や公務の在り方と分担について。

 秋篠宮さま 私は今まであまり抱負ということは口に出して言うことはありません。ただ、何かの節目というよりも折々に、その抱負のようなものを考えることというのはあります。
 抱負になるかどうかは分かりませんが、これからもさまざまな、公的な仕事をする機会があります。毎年のように行われているものなどについては、どうしても前年度やその前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。一つ一つをその都度考えながら、自分の仕事、務めを進めていくようにしたいと思っています。
 公務そのものについては、例えば、天皇が海外、外国訪問中とかには、臨時代行ということをするわけです。私は今までそれをしたことがありません。今の皇太子殿下は昭和時代に一度、その経験があるわけです。今後は(私も)そういう機会は必ず出てまいります。
 公的な活動について、今まで皇太子殿下が行ってきたものが、今度は天皇になられると、それを併せてすることはできなくなります。
 一方、私も自分で行っていることがあります。総裁とか名誉総裁をしているものもあります。それらをそっくり誰かに引き渡すということも、それを受ける先はありません。今、宮内庁として考えていることは、いったん全て皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って整理して、次に私がどのものを行っていくかというのを検討しているところです。恐らくそれはそう遠くないうちに発表されるのではないかと思っています。
 また、在り方については、公的な活動については今お話ししたようなことについての了解を、皇太子殿下と取ったということです。恐らく今後もっといろいろ話をしていかなければいけないでしょうが、分担というか、今の皇太子殿下と私のものというのは、例えば宮中で行われる行事などについては、平成の時代にも行い方が変わったり、今の両陛下が変えられたものもあるわけです。そういうものについては随時話し合いを、既にしているものもありますが、(今後も)していく必要があろうかと考えています。

 ―天皇陛下の退位まで5カ月。30年を振り返り、平成はどのような時代であったと考え、象徴の務めを果たしてこられた陛下と支えてこられた皇后さまに、どのような思いを抱いていますか。

 秋篠宮さま 平成も30年、かなり長い期間になります。それを振り返って総括するというのは、なかなか私にはできません。平成の初めの頃、ニュースでベルリンの壁の崩壊を見て、驚いたことはあるわけですが、平成ということですので、日本のことになろうかと思います。
 例えばバブルが崩壊して、経済の低迷といいますか、失われた10年とか、その後も含めて20年とか言われますが、ちょうどバブルの頃、それからその後、人々の生活のパターンが変わったというのは感じております。
 大変残念なことでありますが、自然災害が非常に多かった。震災もありました。近年は豪雨や豪雪もあります。台風などでも大きな被害が出ています。
 あと、おそらく1992年のリオデジャネイロの「地球サミット」後になるのではないかと思いますが、企業や自治体、個人が、環境というものに関心を持つようになり、どういうことができるか真剣に考えるようになった時代だったのではないかと思います。
 そして、ITの発達。昭和時代はワードプロセッサーで文章を作っていた。それがいつの間にかパーソナルコンピューターが普及する、さらにスマートフォン、いろいろと出てきました。以前では考えられないぐらい情報が入ってくるようになり、海外と連絡する際も迅速に行えるようになり、海外の事情なども容易に知ることができるようになる。ある意味で国境がボーダーレスの時代になった印象があります。
 もう一つ挙げるなら、日本人が学術や芸術、スポーツなどさまざまな分野で目覚ましい活躍をしている時代だと思います。
 天皇陛下は即位以来、象徴とはどのようにあるべきかという在り方について常に模索し、考えてこられ、一昨年の8月に今のお気持ちというのを表明されましたが、その中に全身全霊という言葉がありました。まさしく、この全身全霊でお務めを果たしてこられたと私は思います。
 皇后陛下はその陛下のお務め、立場を重んじ、宮中に伝わる伝統を守り、継承していくことに心を砕かれながら、ご結婚以来60年近くにわたって陛下を支えてこられました。なかなかできることではないと思い、お二方に深く敬意を表するところです。息子の立場として言わせていただければ、常に笑いのある温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。

 ―眞子さまと小室圭さんとのご結婚に関する行事が延期され、小室さんはアメリカに留学しました。小室家を巡る報道もありますが、小室さんからどのように聞き、どう受け止めていますか。

 秋篠宮さま 小室さんに関わることが毎週のように週刊誌等で報道されていることは承知はしております。小室さんから2、3カ月に1度くらいでしょうか。(連絡を)もらうことがあります。
 私は、今でも2人が結婚したい気持ちがあるのであれば、それ相応の対応をするべきだと思います。まだ婚約前ですので、人の家のことについて何か言うのははばかられますが、やはりそれ相応の対応というのは大事ですし、2人にも伝えましたが、いろんなところで話題になっていることについてきちんと整理をして、問題をクリアするということ(が必要)になるかもしれません。
 多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ、私たちは婚約に当たる「納采の儀」というのを行うことはできません。私が今お話しできるのはそれぐらいのことです。

 ―眞子さまのご様子について。

 秋篠宮さま 最近はそれほど娘と話す機会がないのでよく分かりませんが、公の依頼されている仕事は極めて真面目に取り組み、一生懸命行っていると思います。平日は博物館で仕事をしつつ、自分の関心、研究テーマを深めていっているのだろうと思っています。

 ―さまざまな報道に関して小室さんからどのように聞いているか。

 秋篠宮さま 報道についてうんぬんというそれ自体について、私は聞いておりません。ただ、その中に、これは事実とは違うことだということについて、説明があったということはあります。
 それについて何か行動を今するのかどうか、その様子については連絡からはうかがうことは、知ることは私はできておりません。

 紀子さま 昨年の夏からさまざまなことがあり、折々に私たちは話し合いを重ねてきました。昨年の暮れから寒くなっていく中で、長女の体調が優れないことが多くなりました。そうした状況が長く続き、長女は大丈夫だろうか、どのような思いで過ごしているだろうかと大変心配でした。
 しかしこのような中でも、長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。今年の7月には、公的な訪問、ブラジルへ行きました。私たち自身も以前ブラジルへ行きましたが、その時より長い距離を移動し、大変な日程だったと思いますが、日本人の移住地でもある所も含め、多くの人々と交流を深めました。
 いくつもの行事に出席し、一つ一つ心を込めて全力で務めてきたように思います。本当によく頑張っていると思っております。長女は美術や音楽が好きですから、誘い合って展覧会や音楽会に出掛けることがあります。
 今、以前にも増して、長女と過ごす時間をとても大切に感じています。家族として非常に難しい状況の中にありますが、眞子が、いとおしくかけがえのない存在として感じられ、これからも大切に見守りたいと思っております。

 ―佳子さまの最近のご様子や大学卒業後のご活動、ご結婚について。皇位継承順2位となる悠仁さまの成長と、進学先について。

 秋篠宮さま 次女は大学4年生になり、卒業論文の作成に忙しくしているようです。夜遅くまで作業をしている様子がうかがえます。

 紀子さま 佳子は今年6月に英国から帰国しました。大学で幅広い分野の講義を受けたり、休みのときには行きたいと思っていたスペインやポルトガルへ友人と一緒に旅行したり、さまざまな経験をしました。視野を広げ、考えを深める機会になったと思います。
 国際情報オリンピックの開会式、その後に手話パフォーマンス甲子園に出席し、中学生が自分の経験を語る「少年の主張」の発表を聴きました。宮中行事に出席することも多くなると思います。公的な仕事を大切に果たしていけるように願っております。

 秋篠宮さま 長女がそうしているように、次女にも一つ一つ大切に思いながら取り組んでいってほしいと思います。もう一つ、公的私的は別にして、何かライフワークになるようなものを持ってもらいたいと思っています。
 結婚は、親の勝手な希望としては、それほど遅くなくしてくれたらいいとは思いますが、こればかりは、ご縁の関係もありますので、別に私からせかしたりすることもしません。いずれ、本人から何か言ってくるかもしれません。

 紀子さま 次女がそのような話がありましたら、考えを聞いて、お互いの話し合いの中で、気持ちを伝えていきたいと思います。

 ―悠仁さまは広島を訪問されたり、戦争の歴史に向き合う機会をもたれたり、いろいろありましたので、成長をどのように感じていらっしゃるのか。

 紀子さま 夏休みの社会の宿題で歴史について調べた時だと思います。

 秋篠宮さま 長男は沖縄、長崎、小笠原に行っていますが、広島には今まで行ったことがなかったんです。本人がぜひ広島に行きたいという希望を持って、それで家内と一緒に行ったわけです。
 そのように自主的に動くということをするようになってきたし、自分の意見もはっきり言うようになったと印象があります。自分の主張だけをするのではなく、人の話にも耳を傾けるようになってきたと思います。人のことを思いやる気持ちというのは、以前よりも増してきたと思います。

 紀子さま 学習に対しての取り組みはとても熱心だと感じています。

 秋篠宮さま 進学先については、今もう11月の末になりますので、そう遠くないうちに発表されることと思います。

 ―代替わりの行事や儀式に関しての考え。

 秋篠宮さま いわゆる国事行為で行われる行事、それから皇室の行事として行われるものがあります。国事行為で行われるものについて私が何かを言うことができるかというと、なかなかそういうものではないと思います。そういうものではないんですね。
 一方、皇室の行事として行われるものについてはどうか。幾つかのものがあるわけですが、それについては、ある程度、例えば私の考えというものもあってもよいのではないかと思っています。

 ―具体的には。

 秋篠宮さま 具体的にもし言うのであれば、例えば即位の礼は、これは国事行為で行われるわけです、その一連のものは。ただ大嘗祭(だいじょうさい)については、これは皇室の行事として行われるものですし、ある意味の宗教色が強いものになります。
 その宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか。これは平成の時の大嘗祭の時にも、そうするべきではないという立場だったわけですが、その頃はうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですが。今回も結局その時を踏襲してすることになったわけです。
 もうそれは決まっているわけです。ただ私として、やはり、このすっきりしない感じというのは、今でも持っています。整理の仕方としては、一つの代で一度きりのものであり、大切な儀式ということから、国もそれについての関心があり、公的性格が強い、ゆえに国の国費で賄うということだと。平成の時の整理はそうだったわけです。
 ただ、宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに、私は、やはり内廷会計で行うべきだと思っています。ただそれをするためには相当な費用がかかりますが、大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。
 ただそのできる範囲で、言ってみれば身の丈に合った儀式にすれば、少なくとも皇室の行事と言っていますし、そういう形で行うのが、本来の姿ではないかと思いますし、宮内庁長官などにはかなり私も言っているんです。ただ残念ながらそこを考えること、言ってみれば、話を聞く耳を持たなかった。そのことは、私は非常に残念なことだったと思っています。

 ―眞子さまのご結婚に関する質問の答えの中で「相応の対応」とおっしゃられましたが、お二人の結婚の意思が今も固くて、そのお気持ちを今後も支えていかれると受け止めて良いか。

 秋篠宮さま それとは少し違い、それを支えていく、という意味でお話ししたのとは違います。質問は恐らく、小室さんについての報道と連絡についての私の答えでしたが、やはりそれ相応の対応というのは、こちらの対応ではなく、相手側の対応です。やはりきちんと、どういうことなんだということを説明をして、多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況をつくる、それが相応の対応の意味です。


関連ページ: 広域 社会

2018年11月30日金曜日


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