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<亘理・山元ウイーク>てくてく歴史散歩/江戸初期の切腹事件 柴田親子の墓(亘理町旭山)

右から常弘と妻、彦兵衛と並ぶ柴田親子の墓

 樹齢約800年のシイノキや蓮池で有名な称名寺に、隠れた史跡があります。江戸時代の1653年にあった切腹事件にまつわる柴田親子の墓です。
 伊達政宗の九男で成実の養子になった宗実が側小姓の柴田彦兵衛らを従え、鳥の海に出掛けました。宴もたけなわのころ、侍3人が狼藉(ろうぜき)をなし、彦兵衛がやむなく1人を斬りました。
 相手は荒浜にあった山形藩の御城米蔵の番人だった足軽でした。徳川家の一族である山形藩主は、けんか両成敗を要求。宗実は突っぱねますが、彦兵衛の父常弘が「殿に迷惑をかけられない」と父子共に切腹し、宗実ゆかりの称名寺に葬られたのです。彦兵衛は16歳だったとされます。
 物語の背景に、鳥の海が既に観光地になっていたことや、諸藩の米蔵が建ち並び、海運でにぎわった荒浜の歴史をうかがえるスポットです。
(亘理町郷土資料館・菅野達雄さん)


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2018年12月06日木曜日


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