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<せんだい東部復興市民会議解散>課題多様化共有難しく 積極性に地域差も

農作物の産直市場「昼市」。仙台市東部の農家が育てた新鮮な野菜が人気を集めた=2017年4月30日、若林区の日吉神社(せんだい東部復興市民会議撮影)

 仙台市東部沿岸の町内会などで組織した「せんだい東部復興市民会議」が解散したことは、地域課題が多様化・細分化し「復興」という目標ではくくりきれなくなっている現実を浮き彫りにした。震災から間もなく7年9カ月。仙台の被災地は、これまでの手を取り合う復興から新たな局面に移りつつある。
 市民会議などによると解散の大きな要因には、構成する各町内会の事情の変化がある。復興が進み、ある地域では水田維持管理費の高額化や農業従事者の減少への懸念が強まった。別の地区では市の災害危険区域が当初の想定と異なり、土地を二重に抱える住民が相次いだ。
 活動への積極性にも開きが生じた。貞山運河を活用した観光振興に力を入れる町内会がある一方、「世帯数が急激に減少した」などとして単体での活動が停滞する団体も出てきた。
 設立当時から事務局として関わる太白区のまちづくりコンサルタント阿部重憲さん(71)は「抱える問題が多様な上、どれも深刻で難しい。他地域の状況や連携まで考えるのが難しくなってきた」と説明する。
 さらに町内会が独自にイベントを開催できるようになり、沿岸地域全体の活性化を目的に進める市民会議の一部の取り組みと重複するようになった。
 市民会議は行政側に要望活動を行うなど、東部沿岸地域の復興に主導的な役割を果たした。市民会議発足前から沿岸部の町内会と活動してきた東北大教育学部の石井山竜平准教授(社会教育学)は「震災後しばらくは住宅の現地再建など復興の条件が地区で異なっており、町内会の垣根を越えた連帯は画期的だった。町内会単独で行政と交渉するのは難しく、市民会議は広域的な合意形成の場になった」と評価する。
 その上で「被災地への関心が薄まっており、各地区の課題を発信し続けなければならない。沿岸部以外の住民の関心を高め、維持するために、どんな組織が必要なのか考えることが大切だ」と指摘した。(報道部・横川琴実)


2018年12月07日金曜日


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