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<亘理・山元ウイーク>てくてく歴史散歩/ふすま絵、所蔵先転々 東東洋筆 旧養賢堂障壁画(山元町)

中国の伝説に基づいて描かれた障壁画。東洋らしい穏やかな筆遣いが見られる(山元町歴史民俗資料館提供)

 仙台藩のご用絵師だった東東洋(1755〜1839年)の作品です。藩校「養賢堂」のふすま絵です。建物は仙台空襲で焼けており、東洋が描いた養賢堂の障壁画で現存するのは、この絵以外では仙台市博物館に所蔵されている1点だけ。共に大変貴重な物です。
 町が所蔵する以前、絵は坂元小に保管されていました。同校は藩制時代に坂元地区を治めた大條(おおえだ)家の蓑首(みのくび)城二の丸跡にあります。同校の前は恐らく、1932年に仙台市内から三の丸跡に移築された大條家の茶室にあったと考えられます。
 仙台城下にあった養賢堂から絵を入手したのは、大條家17代当主の孫三郎道徳だと推測できます。孫三郎は仙台藩最後の藩主伊達慶邦に奉行として仕え、画人としても名を残しています。
 山元の歴史とは直接関係のない絵がなぜ町にあるのか。想像を巡らせてみると面白いと思います。(山元町生涯学習課・山田隆博さん)


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2018年12月07日金曜日


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