岩手のニュース

<酪農郷の軌跡 岩手・和光集落>(中)発展期/熱い2代目が守り継ぐ

自ら大きくした牛舎で乳牛の世話に精を出す倉田さん
天皇杯受賞記念の「家族の像」。集落の中心に立って住民たちを見守る

 切り立つ奥羽の山並みを背景に酪農を営む岩手県金ケ崎町の和光集落が今年、入植70周年を迎えた。困難の中で山林を切り開いた初代、集落の自治に奔走した2代、都市化の波に立ち向かう3代。戦後日本の片隅で、脈々と受け継がれてきた開拓精神の軌跡をたどる。(北上支局・布施谷吉一)

 岩手県金ケ崎町の和光集落では、入植した初代の苦労を見て育った2代目が酪農郷の発展を支えた。

<まるで「大家族」>
 和光と周辺の集落でつくる和光地区の自治会長倉田和弘さん(65)もその一人だ。「子どもの頃は全て手作業。乳牛の餌をサイロに入れるのも家族総出だった」。大人になったら「牛飼い」になるのが当たり前だった。
 1948年の入植から7年後の55年に川目小の分校が誕生し、63年に児童119人の和光小ができた。倉田さんの学年は21人だった。
 「校庭で遊んだり、職員室のテレビを見たり。いつも一緒」。集落の子どもたちは、大家族のきょうだいのように育っていく。
 人の行き来が増えるにつれ、道路整備も本格化した。66年には南北を貫く西部開拓道路がつながった。73年には牛乳缶からタンクローリーによる出荷に転換。機械化、大規模化の波が集落にも押し寄せた。
 倉田さんは70年代後半に約30頭の牛舎を新設している。「競うように大きくした」。餌のコーンや牧草の収穫作業に使う機械もグループ購入し、共同作業化が加速した。

<団結し催し企画>
 2代目たちが存在感を発揮し始めたのもこの頃だ。71年に2代目だけ集まり「クローバー会」を結成。盆踊り大会や旅行会を企画して親睦を深めた。
 81年には牛飼い仲間による「和光十和会」ができた。「昭和が終わる時に十和会で和光の歴史を残したい」と集落の写真や資料を集め、徹夜でスライド映像を作った。今でも上映会を催して披露しているという。
 酪農の生産性向上や活発な自治活動は県内外の注目を集め、93年には農林水産省の「豊かなむらづくりコンクール」で天皇杯を受賞。地域づくりのモデルとなった。
 「周辺から『うちは限界集落なのに、なぜ和光だけが違うのか』と言われる」。集落長の小関良則さん(63)が照れくさそうに笑った。
 「地域を思う心が熱いのは確か。初代が苦労してつくった集落を、自分たち2代目が大事に受け継いできたからだろう。今後はその魅力をどう磨くかが鍵になる」


関連ページ: 岩手 社会

2018年12月07日金曜日


先頭に戻る