宮城のニュース

<亘理・山元ウイーク>抑留の過酷さ知って 元捕虜の斎藤さん、小学校で講演

地図を指しながら抑留体験を語る斎藤さん

 第2次世界大戦後にシベリアに抑留された宮城県亘理町の斎藤諭吉さん(95)が7日、同町吉田小(児童91人)を訪れ、6年生15人に過酷な体験を語った。斎藤さんは「理性をなくした状態だった」と振り返り、戦争の不条理さや平和の尊さを説いた。
 斎藤さんは亘理町出身。仙台市内の軍需工場に勤務していたが、1944年10月に召集され、旧満州(中国東北部)で現地部隊の暗号班に配属された。終戦後に旧ソ連軍の捕虜となり、45年11月にシベリアの収容所に抑留された。伐採や材木の運搬、ラジオの修理などを強制された。
 一日の食事はパン一切れと大豆のかゆ2杯。「やせ細って骨と皮だけのような体になった」と言う。ひもじさでタンポポの葉、マツの木の皮も食べた。劣悪な環境下で人間性を失い、「木の下敷きや栄養失調で仲間が死んでも悲しくなかった」と述べた。48年8月に帰国した。
 児童らは斎藤さんの話に真剣に耳を傾けた。末木綺那(あやな)さん(11)は口をゆすいだ水で顔を洗っていた経験談が印象に残り、「とてもつらい話だと思った」と感想を語った。
 斎藤さんは帰国後、高等専門学校などに勤務。90年代から抑留体験を語る活動を始めた。「戦争は多くの人を殺し、建物を破壊する。戦争ほど惨めなものはない」と強調、体調が許す限り活動を続けるという。


関連ページ: 宮城 社会

2018年12月08日土曜日


先頭に戻る