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仙台空襲の記憶、次世代へつなぐ 宮城学院中の同期有志37人が文集、燃える街鮮明につづる

仙台空襲を語り継ぐ文集発行の思いを語ってくれた(左から)五十嵐さん、皆川さん、岩城さん、松本さん

 「未来の子どもたちに、実体験した戦争の恐ろしさ、大切な平和の尊さを伝えたい」。1949年に仙台市の宮城学院中へ入学し、傘寿を超えた同期生有志が、小学3年だった敗戦の年の7月に体験した仙台空襲の記憶をつづった文集を発行した。

 昨年、東京の同期生が集まった時に仙台空襲の話題で話が止まらなくなったのがきっかけで、文集作成の声が上がった。年明けに準備が本格化し、3月に原稿依頼とアンケートを発送。宮城県内はもちろん、東京、静岡、北九州などからも原稿が集まり、代理執筆を含めて37人の文章をまとめた「子供の時 戦争があった」が10月に完成した。
 発起人の一人の松本潔子さん(82)=宮城県亘理町=は「私たちは戦争を語れる最後の世代。後世に伝えなくてはいけない」と力を込める。
 深夜のサイレン、目の前を落ちていく焼夷(しょうい)弾、燃え上がる街−。空襲の夜が、まるで昨日のことのようにつづられている。絵の得意な皆川洋子さん(81)=仙台市宮城野区=は「資料を調べ、戦争をよく伝えられるように工夫した」と苦心してカットを描いた。
 泣き叫ぶ自分と家族の避難、助けてくれた同居の兵隊さん、立ち尽くした焼け跡、始まった疎開暮らし−。戦後73年を経て、戦争を語り継ぐ貴重な市民の記録がまとまった。
 岩城美佐子さん(82)=青葉区=は「孫に本を渡した。ぜひ読んでほしい」と話す。五十嵐千恵子さん(82)=太白区=も「今年の夏、戦争を調べている高校生のニュースを見た。この本が、そんな若い人の役に立つといい」と願う。
 文集はA5判、123ページ。350部作成した。仙台市図書館や市戦災復興記念館などに寄贈する予定だ。


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2018年12月08日土曜日


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