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シベリア抑留の田中さん「力くれたのは音楽」

スピーロンを奏でながらロシアのことを紹介する田中さん

 第2次世界大戦後、旧ソ連によるシベリア抑留を経験し、帰国を経てロシアのハバロフスクに自ら移住した田中猛さん(92)が7日、新庄市のなかよし放課後児童クラブで、子どもたち約40人に当時の体験などを語った。
 シベリア抑留者支援・記録センターの仲介で訪れた。田中さんは「抑留生活は『寒い』『仕事がきつい』『ひもじい』。力をくれたのが音楽だった。国境があるのは政治だけで、一人一人にはない」と語った。
 ロシアの暮らしや国民性も紹介。開発に携わった「スピーロン」という電子鍵盤楽器で、ロシア民謡の「カチューシャ」などを弾いた。子どもたちはお礼に、児童クラブオリジナルの「なかよしソング」を歌った。
 田中さんは長崎市生まれ。高校を卒業後、中国・大連の南満州鉄道の研究所に就職した。1945年に関東軍に招集され、終戦後、4年間の抑留生活を送った。帰国後は業界紙の記者や雑誌の編集長を務めた。95年に68歳で移住し、日本語教師や音楽活動をしている。


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2018年12月09日日曜日


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