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<綾なす人と思い>新庄亀綾織の挑戦(上)理解者 西陣織の老舗支えに

新庄亀綾織伝承協会にとって初めてとなった製品お披露目会=10月6日、山形市緑町

 江戸末期の創始以来、幾たびも製造が途絶え「幻の織物」とまで言われた新庄市の「新庄亀綾織(かめあやおり)」が安定生産への足掛かりをつかみかけている。これまで市民グループ「新庄亀綾織伝承協会」が細々と名刺入れなど小物を作ってきたが、来年からは西陣織の老舗などの協力を得て、反物や帯などの製造販売に道が開けそうだ。再興にかける人々の思いを追った。(新庄支局・菅野俊太郎)

<ジレンマ抱える>
 「美しい織り」「しなやかな手触りですね」。山形市で10月6、7日にあった新庄亀綾織の初めての製品お披露目会で、感嘆する来場者の姿に目を細める男性がいた。
 「県内の人に、良い物があることを知ってもらうことが大切。多くの人に見てもらえたことで、織り手の意識もより前向きになるでしょう」
 元禄年間、1688年に創業した西陣織の老舗「細尾」(京都市)の細尾真生社長(65)。2年前に亀綾織に出合って以来、伝承協会を物心両面で支えるようになった。「実に丁寧で味わい深い。西陣でも手織りは少ない。着物市場が厳しい中、染織文化を大切にしたい」と語る。
 奥深い魅力を秘めた織物でありながら、売りやすさを考えると小物類を作らざるを得ない。当然売り上げは伸びず、継承活動の先行きも見通せない。伝承協会は当初からジレンマを抱えてきた。
 「ぜひ反物で勝負してみたい」。伝承協会の求めに細尾社長が応えた。織り方の助言を受け品質を高められるよう、自社とつながりのある米沢織などの同業者を伝承協会に紹介した。
 「細尾」は今後、伝承協会が作った反物や帯を全て買い取り、一般に販売する考え。来春には京都市で専門業者向けに展示会も開く予定だ。

<「地産外消」意識>
 最高級の品だと、軽く100万円以上の価値があると細尾社長はみる。販路確保が大きな課題だった伝承協会にとって、「細尾」との取引は安定した販売先を見つけたことになる。
 亀綾織の付加価値を高めるため、細尾社長は「山形県」を意識した準備も進めている。県内の草木を使った「染め」と県産生糸を使った「織り」。従来は工程や材料を県外や国外に頼ったが、より「山形県産」を重視していくという。
 「『亀綾織を織ってみたい』と思う人は潜在的にいるはず。その人たちを受け入れられるだけの体力が求められる」と生産者の将来像を描く細尾社長。「もっと県外に販路を求める『地産外消』に努め、なりわいとして成り立つようにしたい」と力を込める。

[メモ]新庄亀綾織の歴史は江戸末期、新庄藩主が藩の特産品として生産を奨励したのが始まり。紋様が亀甲に似ていることから「亀綾織」と名付けられた。戊辰戦争で城下が焼失し、その後再興と衰退を繰り返し昭和初期に途絶えた。1985年、主婦らが集まり新庄亀綾織伝承協会が設立された。


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2018年12月11日火曜日


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