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<綾なす人と思い>新庄亀綾織の挑戦(中)仕掛け人 反物や帯に主力移す

新庄亀綾織のPRに努める沓沢さん

 再興と衰退を繰り返しながら、細々と受け継がれてきた新庄亀綾織(かめあやおり)。市民グループの「新庄亀綾織伝承協会」が安定生産への手掛かりをつかみかけるまでの舞台裏には、県外出身の女性の貢献があった。

<県外に売り出す>
 新庄市の西隣に位置する山形県鮭川村に10年前、愛知県東浦町から嫁いだ沓沢沙優里さん(58)。亀綾織の魅力に引かれるとともに伝承協会の窮状を知り、2年半前から販路拡大や広報など営業・事務全般をボランティアで担う。
 「着物が大好きで、各地の織物を見てきた。新庄亀綾織はそれらに決して遜色がないのに、地元での認知度も評価も高くない。このまま埋もれさせず、何とかもっと多くの人の目に触れるようにしたかった」
 鍵は「県外に売り出せる可能性があるかどうか」という点だった。小物を作って売るのではなく「生地そのもので勝負したい」と考え、その可能性を探った。
 関東のアパレル製造業者などに連絡したが、価格面で折り合わず取り合ってもらえなかった。厳しい現実を思い知らされた。
 2016年10月が、一つの転機となった。染織文化や染織技術の啓発に取り組む京都染織文化協会(京都市)が「生地見本や、どういう織物なのかという説明書を送ってほしい」と興味を示してくれた。
 西陣織の卸業者47社に新庄亀綾織を伝えると、興味を示したのが「細尾」の細尾真生社長(65)だったという。
 「手間をかけた緻密な織りをきちんと評価してくれたのは京都だけだった」と沓沢さん。「手織り、手作業」を新庄亀綾織の強みにしようと決めた。

<「総合力で勝負」>
 細尾さんが16年12月に新庄市の工房を訪れ、協力を申し出たのを機に「復興プロジェクト」を始めた。織りや染色に違いがあっても全て「新庄亀綾織」としていたのを改め「三つのブランド化」を打ち出した。
 全て手仕事、手機織りで仕上げた最高級絹織物「新庄亀綾織」をトップブランドに位置付け、機械織や化学染を一部取り入れた「新庄綾織」と、西陣織の手法を取り入れて平織りで仕上げた「最上新庄織」が裾野を広げるイメージだ。
 幅のある価格帯で製品ラインアップを充実させながら、小物から反物、帯などに主力を移し売り上げを増やしていく狙いがある。
 沓沢さんは「『新庄亀綾織』は良いものなので、その分値段も張り、続々と注文が入るわけではない。比較的買い求めやすい二つのブランドを用意し、計三つの総合力で勝負したい」と戦略を練る。

[メモ]新庄亀綾織の織りは経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交差させる際、その点が斜めになるように構成される「斜文織(綾織)」の技法を用いる。この緻密な織りと、織り上げた生地を煮て不純物を洗い落とす「後精錬(あとせいれん)」によって気品ある光沢としっとりとした風合い、しなやかな手触りが生まれる。


関連ページ: 山形 社会

2018年12月12日水曜日


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