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<戊辰戦争150年>横手に残る「耳取合戦記」 民衆が見た逸話を講演会で紹介

耳取合戦記を解説する小林さん

 1868年の戊辰戦争に巻き込まれた秋田藩の民衆の記録「戊辰戦争耳取(みみどり)合戦記」が横手市に残っている。現在の同市大雄(たいゆう)の耳取地区付近であった合戦を描写し、銃声を聞いて避難した様子や荷物運搬に徴用された体験、地元を占領した仙台兵と庄内兵の印象などをつづっている。合戦記を解説する講演会が9日に市内であった。

 耳取合戦は旧暦8月11日に起きた。大雄の伝馬役所に陣を張った奥羽越列藩同盟軍に向け、秋田兵が午後4時半ごろに砲撃を始めた。同盟軍も応戦し、激しい白兵戦となった。秋田藩9人、同盟軍2人が死亡した。同盟軍は役所近くの耳取地区の家屋を焼き打ちしながら退却した。
 合戦記は60年後の1928年に大雄東部の田根森(たねもり)村郷土史談会が古老からの聞き書きをまとめ、2001年発行の大雄村(現横手市)の村史に再録された。
 40人が参加した9日の講演では、平鹿地方史研究会(横手市)の小林一敏会長が合戦記から逸話を紹介した。
 銃声が聞こえると、人々は実りを迎えた水稲の中に身を潜ませた。占領した同盟軍に荷物運搬を命じられた者は隙を見て逃げ出し、家に戻ると妻から幽霊に間違われて驚かれたという。
 同盟軍を相手に商売を始める者もいた。兵士らは蒸したイナゴや大福餅、雑魚を受け取っても、なかなか金を払わなかったらしい。
 同盟軍を観察した記録も残る。規律が取れた庄内兵に比べ、仙台兵は士分以外の者は粗暴で「常に庄内兵に見下げられていて事ごとに反目していた」と記す。
 小林さんは「合戦記は60年後の体験記で公式記録とは異なる。記憶違いもあるかもしれないが住民視点の記録は貴重だ」と語った。


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2018年12月13日木曜日


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