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<綾なす人と思い>新庄亀綾織の挑戦(下)エース 作品称賛され手応え

新庄亀綾織を担当する阿部さん(左)。織り手仲間と話し合いながら仕事に励む

 江戸末期の創始以来、幾たびも製造が途絶え「幻の織物」とまで言われた新庄市の「新庄亀綾織(かめあやおり)」が安定生産への足掛かりをつかみかけている。これまで市民グループ「新庄亀綾織伝承協会」が細々と名刺入れなど小物を作ってきたが、来年からは西陣織の老舗などの協力を得て、反物や帯などの製造販売に道が開けそうだ。再興にかける人々の思いを追った。(新庄支局・菅野俊太郎)

 新庄亀綾織(かめあやおり)伝承協会に所属する3人の織り手で、主力として引っ張るのが阿部友香さん(32)だ。

<古里に戻り応募>
 地元出身だが、亀綾織の存在を知らなかった。山形県外で働いた後、2011年2月末に古里に戻り、新庄市の緊急雇用対策を活用した織り手の募集を見て応募し、採用された。
 制度による給料の支払いがある1年のつもりで働こうという軽い気持ちだった。織りを学んでいくうちに、複雑な織りの魅力に引かれていった。
 以前、靴の販売の仕事をしていた頃に苦痛だった過度なノルマもない。「自分のペースで仕事ができるのも良かった」と言う。
 織りの作業はとにかく根気と集中力が求められる職人仕事だと感じている。しかし、小物の売り上げが伸びないため、手間の割に収入は少ない。手取りで10万円には遠く及ばない。家族と同居するなどしていなければ、それだけで生計を立てられない。
 「収入を考えるならば、他の仕事をした方が絶対に多い。何度もやめようと考えた。けれども、亀綾織の歴史を途絶えさせたくもなかった」
 14年には伝承協会の会長に就任。織物の体験教室の指導や地元イベントの参加など、慣れない広報の仕事もこなした。亀綾織をもっと知ってほしいとの願いと、織りに専念したい思いが入り交じった。
 織りの腕は上がった。織ろうと思えば、約50種類の型を全てこなすだけの技術を備えているが、これまではその腕を振るう機会は乏しかった。

<仕事に向き合う>
 でも今は違う。反物や帯の生産がそのまま売り上げ増につながる体制ができつつある。苦手だった会長職も、広報担当の沓沢沙優里さん(58)の夫の伸一さん(58)が引き受けてくれ、職人一本でいけるようになった。
 「やるべきことがはっきりした。目の前の仕事に向き合える」と話す。
 お披露目会で、1年近くかけ、丹精込めて織った新庄亀綾織2点が来場者から称賛された。「これまで褒められたことなんてなかったからうれしかった」。これまでにない手応えを感じた。
 来春京都市で行われる業者向けの発表会に向けて、慌ただしく過ごしている。日程が決まっているが、販売のノルマとは全く違うやりがいがある。
 「いつか、自分が織った反物でできた着物を見たい」。エースに、次の目標が生まれた。

[メモ]織りの工程はまず織る前に生糸を数本ずつのり付けして「合わせ糸」を作る。機織り機に付く綜絖(そうこう)や筬(おさ)という用具の間に、模様に応じて本数と位置を確認しながら、2000本近くの糸を1本ずつ通し準備をする。その後、4〜10本の踏み木を使い分けて織る。


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2018年12月13日木曜日


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