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<仙北鉄道廃線50年>関係者が寄せた当時の列車や駅舎30点 栗原の郵便局に写真展示

展示されている写真の一部
展示した写真を眺める後藤さん(左)、二上さん(中央)ら

 大正から昭和にかけて旧栗原郡と旧登米郡の交通を担った私鉄「仙北鉄道」の記憶を今に伝えようと、栗原市瀬峰の行政区長後藤哲弘さん(71)が関係者の協力を得て集めた列車や駅舎の写真を、同地区の瀬峰郵便局で展示している。廃線から今年で50年。地元住民や関係者から、当時を懐かしむ声が上がっている。
 仙北鉄道は地元の要望活動などをきっかけに敷設された軽便鉄道。1921年に登米、瀬峰両駅を結ぶ登米線が、23年に瀬峰、築館両駅をつなぐ築館線がそれぞれ開通した。住民の通勤通学の足として利用され、農村部に米や飼料を行き来させる役割も担った。
 大型台風の影響で49年、築館線が廃止。64年に年間乗客数が163万を超えた登米線も、モータリゼーションの波にもまれ業務の見直しを迫られた。運営会社は68年、バス運行に切り替える形で鉄路を閉じた。
 後藤さんは登米、築館両線をつなぐ瀬峰駅近くで生まれ育った。東北線に連絡した瀬峰駅は「仙台、東京への玄関口」と呼ばれ、大勢の利用客が行き交った。廃線から50年たったのを機に「あの日の輝かしい記憶を後世に伝えたい」と今春、資料を集め始めた。
 廃線時に機関手だった同地区の二上藤雄さん(90)ら関係者に資料の提供を打診。河北新報の読者投稿欄「声の交差点」でも仙北鉄道への思いをつづった。その結果、地元と仙台市、宮城県亘理町の計5人から約50枚の写真が寄せられた。
 デジタル化した写真を郵便局に持ち込み展示を提案したところ、担当者が「地域の歩みを振り返るお手伝いをしたい」と快諾。今月上旬、ラミネート加工した約30枚を飾った。
 集まった写真を見た二上さんは「これほど多く残っていると思わなかった。廃線は言葉で表せない気持ちだったが、今となれば懐かしい。存命の機関手は自分だけだ。感慨深い」と話した。
 後藤さんは「県北では、くりはら田園鉄道(くりでん)が有名だが、仙北鉄道も負けないぐらいの人気と輝きがあった。あの頃を知る人も知らない人も、当時に思いをはせてもらえればうれしい」と語る。
 展示は来年1月末まで。平日午前9時〜午後5時。連絡先は瀬峰郵便局0228(38)2460。


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2018年12月15日土曜日


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