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<強制不妊国賠訴訟>原告、施設に複雑な思い「仲間にも手術の傷あった」

記者会見する70代男性(右)と80代男性。ともに「施設から何も知らされずに手術を強いられた」と訴えた

 「施設に入っていなければ…」。10代で避妊手術を強いられ、旧優生保護法を巡る仙台訴訟で初の男性原告となった2人は、失われた人生への複雑な思いを口にした。男性らの証言や当時の記録からは、国の施策下で施設の児童への優生手術が男女問わず横行した実態が浮かぶ。
 「風呂に入ると仲間にも手術の傷があった。施設で一緒だった友人は今どうしているだろうか」。提訴後の記者会見で70代男性は当時を振り返り「本はといえば国が悪いが、施設の職員を恨む気持ちもある」と打ち明けた。
 80代男性が入所していた亀亭園の30年記念誌(1980年発行)には、国の政策に呼応した施設が積極的に手術を受けさせたことをうかがわせる記載が残る。
 1950年代に園長を務めた男性(故人)は記念誌の中で知的障害は遺伝するとし、「(手術を)やらなかったら2代目(児童の子ども)も引き受けることになる」と肯定していた。
 会見で80代男性は「手術の意味を知ったのは大人になってから。子連れを見るたびに(施設を)恨んだ」と心情を吐露。一連の訴訟を通じて国が強制手術を推し進めた事実が判明し、「今は国に謝ってほしい思いだ」と声を震わせた。


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2018年12月18日火曜日


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