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<18みやぎ回顧>(1)防潮堤施工ミス(気仙沼)地元の思い くみ取れず

計画より22センチ高いまま工事が進む防潮堤。県に対する住民の不信感は今も根強い

 東日本大震災から8年目となった2018年、宮城県内では行政に対する信頼をゆるがせるミスやトラブルが相次ぎ、尊い人命が失われる事件や事故も後を絶たなかった。紙面を飾った主な出来事を、最前線で取材に当たった記者が振り返る。

 師走の海風が吹く中、工事は淡々と進んでいる。
 県が気仙沼市魚町で計画よりも22センチ高く造ることを決めた防潮堤は、すでに本体の9割が完成した。来年3月下旬には出来上がる。
 夜はライトアップされるなど、事態は収束したように見える。だが、「責任の所在も示していない。うやむやに終わらせるつもりなのだろう」(魚町の地権者)との声が聞かれるように、県に対する地元の不信感は、今も根強い。
 ミスが発覚したのは4月中旬。地元に三つの選択肢を示しながら、村井嘉浩知事は5月、内湾地区復興まちづくり協議会で、住民が選んだ「造り直し」を否定し、地元の怒りを買った。
 その後も県は誤解を招く住民のアンケート結果を示したり、施工ミスに気付いた時期を住民よりも先に県議会に示したりして、その度に住民が反発した。結局、両者の溝は埋まることなく、県は防潮堤を造り直さずに背後地をかさ上げすることで押し切った。
 取材の過程で、地権者や市関係者から何度も聞いた言葉がある。
 「県がわれわれ被災地と同じ思いの強さを持って仕事をしてくれたら、こんなことは絶対に起きなかった」
 魚町の防潮堤を巡る議論は東日本大震災直後に始まった。住民は防潮堤の不要論を唱えながらも県の求めに応じ、1センチでも低くするための方策や防潮堤を生かした街づくりの在り方を100回以上も話し合った。
 住まいもなく、仕事の見通しもつかない不安を抱えながら、気仙沼の未来を見据え、貴重な時間を費やした。津波で破壊された古里を再興することだけがモチベーションだったという。
 今回のミスは、復興に向けて積み上げた住民の思いを踏みにじる行為だった。県が過去の経緯を踏まえ、問題発覚後にもう少し丁寧で誠実な対応をすれば、これほど問題はこじれなかったかもしれない。
 2020年度末で終了する国の復興・創生期間を見据え、県は村井知事が掲げる創造的復興の仕上げに入る。目玉事業の完遂に突き進むのも大事だが、被災地に住む一人一人の思いをくみ取る姿勢も忘れてはいけない。22センチ高い防潮堤が残した教訓でもある。(気仙沼総局・大橋大介)

[メモ]宮城県気仙沼市魚町の防潮堤は県が海抜4.1メートル、長さ312メートルで建設する計画だった。上部に高さ1メートルのフラップゲートを設置する。県は昨年3月、地盤隆起した22センチを差し引く方針を決めたが、完成済みの区間160メートルで、隆起分を考慮していなかった。


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2018年12月18日火曜日


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