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<継承の危機 福島・被災地の伝統芸能>(上)活動休止/避難で一変 遠のく若手

小学校の教室に保管されている「本城の神楽」の獅子頭を見つめる峯さん

 福島県内の被災地の伝統芸能が、2度目の危機にひんしている。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後の中断を乗り越えたものの、担い手不足などの課題に突き当たる。古里と避難先をつなぎ、コミュニティー維持の役割を担う福島の伝統芸能の今を追う。(福島総局・高田奈実)

 黒い幕で光を遮断した薄暗い教室に24時間稼働の除湿機の音が響く。色あせや乾燥を防ぐようにした室内のさらにガラスケースの中に、獅子頭が置かれる。
 約80年の伝統がある浪江町の「本城(もとじょう)の神楽」。11月中旬、南相馬市で暮らしている保存会会長の峯勝美さん(64)は、3年ぶりに獅子頭と向き合った。
 「神楽を始めた青年団が消防車を質に入れて作ったと聞かされてきた」
 伝統芸能は震災の影響を大きく受けた。原発事故の被害にも見舞われた浜通り地方は特に顕著だ。

<高齢化に勝てず>
 NPO法人民俗芸能を継承するふくしまの会(郡山市)によると、浜通りでは210団体が活動休止に追い込まれた。約80団体が復活を遂げたが、少なくとも5団体が再び休止状態に陥っている。
 本城の神楽もその一つ。獅子頭を含む道具は全て、原発事故に伴う避難で使われなくなった幾世橋小の校舎に保管されている。
 「続けられるなら続けたい。それでも、進む高齢化に勝てなかった」。峯さんの口調に悔しさがにじむ。
 神楽は町中心部の住民たちが守ってきた。正月は浪江神社や家々を回って無病息災を祈った。町の伝統の秋祭り「十日市」にも欠かさず参加してきた。
 浪江町は原発事故後、全町避難となり、保存会は活動中断を余儀なくされた。
 約1年後、支援団体から県内でのイベント出演を打診された。峯さんは二つ返事で引き受け、散り散りになった仲間も「やろう」と言ってくれた。
 2012年10月、復活の記憶は鮮明だ。避難区域だった町内から道具を運び、集まった8人でぶっつけ本番で臨んだ。福島市内の大ホールを観客が埋めた。舞い終えて客席に降りると、獅子に頭をかじってもらおうと行列ができた。
 「ほそぼそとでも続けていける」。峯さんは手応えをつかんだ気がした。
 その後も年1回のイベントに参加してきたが、15年秋が最後になった。翌年6月、峯さんは福島市内にメンバーを集め「活動休止」を決断した。

<「あおり受けた」>
 保存会の会員は40〜80代の男性16人。自営業だった40代は避難後、会社勤めになった。若手は「仕事を休めない」と活動から遠ざかっていった。
 3人いた笛の奏者は最年長82歳の1人だけに。最後は演奏の途中で音が出なくなった。太鼓担当もたった1人で、足腰を悪くして体力的に厳しい。
 活動休止は約30年前も経験している。やはり担い手不足が理由だった。峯さんは「原発事故がなくても同じだったかもしれない。でも、あおりを受けたのは間違いない」と語る。
 浪江町の避難指示は17年春、帰還困難区域以外で解除された。「十日市」も同年、町内で再開した。
 「神楽は生活の一部だった。せめてもう一度だけ舞を披露したい」。峯さんは可能性を探っている。


2018年12月25日火曜日


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