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津波田老の歴史を資料館に 住民「記憶頼りの伝承限界」市事務所跡地への整備求める

田老一中の震災資料室を管理する琴畑さん

 岩手県宮古市田老総合事務所の移転、新築に伴って生じる跡地を活用し、津波の歴史を伝承する資料館整備を求める声が上がっている。「津波太郎」とも呼ばれるほど田老地区は、これまでに何度も甚大な被害に遭ってきた。地区住民は、多くの教訓を後世に残す必要があると強調する。

 総合事務所の新庁舎は2020年3月の開所予定。田老地域協議会の津田重雄会長と田老地区復興まちづくり協議会の田中和七会長が11月、市役所を訪れて山本正徳市長に要望書を手渡した。
 津波の教訓を伝承し、避難場所の機能も併せ持つ複合施設の整備を求めたのに対し、山本市長は「資料をしっかり保管できる場所が必要だ」と応じた。
 田老地区は、明治三陸大津波(1896年)や昭和三陸津波(1933年)で壊滅的な被害があった津波の常襲地帯だ。旧田老町時代には「万里の長城」と呼ばれる防潮堤を整備。それでも2011年の東日本大震災で181人が犠牲になった。
 ハード面の整備には限界があり、不断の心構えが何より重要−。要望は、地区住民の思いを踏まえた。
 資料館での公開を求める対象の一つが田老一中の震災資料室に並ぶ展示物だ。震災発生当時の生徒たちの体験や、傷ついた古里の復興に夢を託した作文集が残っている。
 全国から寄せられた激励の品々に加え、過去の津波の歴史資料も展示。しかし、校舎内とあって誰もが自由に見学できる状況にはない。
 震災資料室を管理する用務員琴畑喜美雄さん(63)は「校内の震災体験者は私1人になってしまった。個人の記憶に頼った伝承は曲がり角にきており、資料を多くの方々に見てもらうことが大事だ」と話す。田中会長も「これまでの津波の歴史が分かる施設にしたい。自由に見てもらってこそ意味がある」と訴える。


2018年12月26日水曜日


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