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<継承の危機 福島・被災地の伝統芸能>(下)原点と決意/「浪江のため」舞届ける

町民約150人が見守る中、体育館のステージで神楽を披露する浪江町川添芸能保存会=11月24日、福島県浪江町地域スポーツセンター

 福島県内の被災地の伝統芸能が、2度目の危機にひんしている。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後の中断を乗り越えたものの、担い手不足などの課題に突き当たる。古里と避難先をつなぎ、コミュニティー維持の役割を担う福島の伝統芸能の今を追う。(福島総局・高田奈実)

 笛と太鼓が奏でるにぎやかなおはやしが体育館に響く。獅子が大きく跳びはねると、観客約150人の拍手が湧き起こった。

<笑顔にする活動>
 福島県浪江町の伝統の秋祭り「十日市」が11月下旬、町地域スポーツセンターであった。「浪江町川添芸能保存会」も受け継いできた神楽を披露した。
 「皆さんの笑顔を見る。そこに獅子をやる意義があると思います。来年で平成が終わっても、われわれの活動はまだまだ続きます」
 演舞を終えた保存会会長の石沢孝行さん(51)が、ステージから観客の町民に訴えたのは「活動の原点」と「継続への決意」だ。
 保存会は川添地区の消防団員が加入する形で、東京電力福島第1原発事故前は約30人いた。全町避難で活動は3年半にわたって中断。2014年秋、わずか5人で復活させた。
 後輩に頼まれて会長を引き受けた石沢さんが、再開に当たってメンバーと決めたことがある。「やるなら浪江の人のためにやろう」。翌15年の正月に避難先の町民に舞を届けることを目標にした。地区の家々を回った震災前の姿に近づけたいと考えた。
 14年9月、二本松市に移転していた町の仮役場の一室で練習を始めた。石沢さんは川添地区の住民が住む仮設住宅を探し、20カ所の自治会などに頼み、7カ所で披露の許可を得た。

<避難先から通う>
 迎えた新年。福島市の仮設住宅集会所で舞を始めると、笛と太鼓の音に誘われるように、住民が集まった。獅子が頭をかじると、今度は笑顔が広がった。
 それ以降、正月は毎年、町民の元を回っているが、活動はぎりぎりの状態だ。現在のメンバーは7人で、舞に最低限必要な5人をやっと上回る。白河市に家族と暮らす石沢さんを含め、いずれも県内外の避難先から、町役場の会議室で行う週末の練習に通う。
 町の避難指示は昨年3月末、一部で解除されたが、かつて約2万人いた町内居住者は870人(11月末現在)。住民が散り散りになり、かつてのコミュニティーは崩壊した。
 石沢さんは「後継者探しは八方ふさがり。自分たちがいなくなれば保存会は終わってしまう」と語る。
 保存会は披露の場を求めて奔走する。県外から呼ばれる機会も多くなった。
 11月中旬、千葉市のイベント会場では、横浜市に避難する顔見知りの女性と再会した。震災直前の正月以来およそ8年ぶりの古里の神楽に、女性は「やっと見られた」と涙を流した。
 7人は平成最後の正月も、町民に舞を届ける。
 「100年近い神楽の歴史の中、たまたま震災にぶつかったのが自分たち。受け取ったバトンを次の世代に渡すまで、つなぎの役目を負っている」
 強い信念が被災地の伝統芸能を、ぎりぎりのところで支えている。


2018年12月27日木曜日


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