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<私の元年>新時代に誓う(2)再生する町 桜も共に

町中心部の将来図を見ながら「桜の町」再生への思いを語る藤中さん

◎「女川桜守りの会」事務局長 藤中郁生さん(71)=女川町=

 新しい時代が春に始まる。少し特別な年明けに、きりりとした気持ちで飛躍を誓う人たちがいる。大舞台への挑戦、古里の再生、祖国との橋渡し。思い思いの夢を目指してスタートラインに立つ。

 春。あの桜が帰ってくる。東日本大震災からの復興の先へ、新たな一歩を踏み出す町と共に命を育む。
 女川町内外の有志でつくる「女川桜守(も)りの会」。生まれ変わる町を桜で彩ろうと、震災後間もなく発足した。会の要となる事務局長の藤中郁生さん(71)は、町中心部の将来図を指でなぞりながら改めて誓う。

 「もう一度、当たり前のように桜を見られる町にしたい」
 同会はJR女川駅近くの線路沿いなどに約120本の桜を植えてきた。震災前のようにトンネルを抜ける列車を桜並木が迎え、人々が集う鎮魂の場となる願いが込められている。
 震災前、女川は桜のまちだった。春になると、町じゅうが薄紅色に染まった。津波が桜も季節も奪った年の4月。幹の半分以上が裂けた桜に花が咲いた。
 「がれきの中で咲く桜は光って見えた。何とかしなければと思った」。藤中さんの思いは桜守りの会を生み、この桜は「津波桜」と呼ばれるようになった。
 津波桜は、藤中さんらが地元の中学生や町、樹木医の協力を得て手厚く育てたものの、12年に枯死した。伐採した木の一部は「桜咲く地蔵」となり、テナント型商業施設「シーパルピア女川」の一角に鎮座する。

 津波桜のストーリーは終わらない。枯死した桜から芽接ぎした苗木があった。この春、女川駅近くに植樹される。「植樹場所は津波桜が生えていた場所。あの桜の子孫が帰ってくる」。藤中さんが声を弾ませた。
 同会副会長で町教委社会教育指導員の加納純一郎さん(68)は藤中さんを「人並み外れたエネルギーの持ち主」とたたえる。「町民が桜を愛し、大切にする機運を一緒に盛り上げたい」と意欲的だ。
 町の復興計画は3月に終わる。女川の「復興後」は新時代とともに始まり、復活する津波桜が見守る。
 桜は約20年後に見頃を迎えるという。藤中さんは今、細く頼りない木々がやがて枝葉を広げ、人々の憩いの場となる未来を夢見る。
 「桜の下で、子どもの元気な声が聞こえる町になっていてほしい。復興って、きっとそういうこと」
(石巻総局・関根梢)

[メモ]東京都板橋区出身、71年から女川町在住。学習塾経営。町内の山林やハイキングコースの整備を手掛けるNPO法人女川ネイチャーガイド協会の理事を務める。桜守りの会は現存する桜の保護・育成、新規の植栽などを行っている。


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2019年01月03日木曜日


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