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<青森・むつ小川原開発50年>豊かさと危険隣り合わせ 六ケ所村の今

村文化交流プラザ「スワニー」(左)などの整備には電源3法交付金が使われている

 むつ小川原開発を受け入れた青森県六ケ所村は、出稼ぎの村から「通勤先」に変わった。県内で唯一、地方交付税(普通交付税)の不交付団体になり、インフラの整備も進んだ。核燃料サイクル施設は村に豊かさをもたらした一方、最終処分地が決まらない高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の貯蔵役を担わせられている。
 「昔はみんな、出稼ぎをしていた。今は仕事が増え、若い人が地元に残るようになった」。泊地区の新聞販売店店主松下志美雄さん(63)は村の変化を話す。
 開発以前の村は貧しく、「陸の孤島」などとやゆされた。出稼ぎが多く、仕事がない冬場は農家も漁師も家に居なかったという。
 現在は、地域の職場とも言える。村の昼間人口は夜間の約1.5倍。第三セクターの新むつ小川原によると、開発地区の延べ従業員数は1日約8000人。8割以上が核燃施設関連で、周辺自治体から通う人も多いという。
 2017年度までの電源3法交付金総額は近隣の原子力施設を含むと約613億円で、教育文化施設や道路、医療施設など計約620事業に使われてきた。
 村の吉岡主悦政策推進課長は「いろいろな賛否の時代があったが、出稼ぎがなくなり、村民の家族で過ごす時間が増えた。村は核燃施設の危険を頭に置きつつ、共生している」と語る。
 一方で負担もある。元村職員の小泉靖博さん(66)は村で貯蔵する核のごみの行方を気に掛けている。保管に関する協定締結時、担当課長だった。
 村民に保管期間は30〜50年以内と説明し、なし崩し的に最終処分地になるわけではないことを伝えた。
 海外でガラス固化体に処理された高レベル放射性廃棄物の初搬入から今年で24年になる。原子力発電環境整備機構(NUMO)は、いまだに最終処分の候補地を探している。世間の関心は高まらない。
 小泉さんは「国の本気度が感じられない。今のままでは決まらないだろうが、約束は守ってもらわないと困る」と語気を強めた。


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2019年01月04日金曜日


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