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<青森・むつ小川原開発50年>新たな雇用 県が創出を/元青森県副知事 蝦名武さんに聞く

<えびな・たけし>1945年青森市生まれ。小樽商科大卒。69年青森県庁入り。97年商工政策課長、2000年商工観光労働部長、03年8月〜11年6月副知事。現在は税理士。73歳。

 青森県は、国家プロジェクト「むつ小川原開発」の基本計画の策定を担ってきた。石油コンビナートに何を期待したのか。核燃料サイクル事業の今後をどう考えているのか。元副知事の蝦名武さん(73)に聞いた。(聞き手は青森総局・丹野大)

 −1972年に第1次基本計画を策定した。石油産業が中心だった。
 「目標は『第二の鹿島臨海工業地帯』だった。当時は石油の時代。実現すれば、工業出荷額は1兆〜2兆円になった。従業員は3万人以上を見込んでいた」

 −当時の県の産業は。
 「コメとリンゴを中心とした農林水産業と出稼ぎが経済を支えていた。県民が出稼ぎで得る所得は約1000億円と言われ、『第4次産業』と呼ばれていた」

 −開発が計画通りに進めば、県にはどのような影響があったのか。
 「計画は国の構想ありきだ。県は受け身の立場なので、失敗は国の責任と言える。計画通りに進んでいたら立地企業に加えて保守管理や運送なども雇用につながり、全域に効果が波及しただろう。県民所得は全国平均並みになり、工業県に変わった可能性もある」

 −2度の石油危機を経て、開発は原子力発電所の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す「再処理」を中心とした核燃サイクル施設に方向転換した。
 「(2度目の石油危機は)土地買収を終えた後だった。開発の柱を失い、雇用を何とかしなければならなかった。当時は原子力に対する不安があまりなかったように思う」

 −核燃サイクルの今後をどう考えている。
 「国策である以上、続くとは思う。だが、原発は耐用年数を迎え、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電は停滞している。再処理の環境は厳しい。電力会社の経営が耐えられるかどうかが鍵だ」
 「県は『核燃サイクルは国の責任』と任せっきりだが、国が政策変更した場合、県の税収や雇用状況は非常に厳しくなる。真剣に考えていく必要がある」

 −開発地区にはいまだに未利用地が多い。どのように対応していくべきか。
 「首都圏から遠い。県は国に働き掛け、インフラを整備すべきだ。三沢空港、八戸、青森の両市から直通道路を通すぐらい思い切ったことをしてほしい。技術者の確保や教育環境の充実も必要だ」
 「全国的に工場が閉鎖していく時代で、新たな企業の立地は難しいだろう。だが未利用地を埋めるだけでなく、既に立地している企業を生かし、雇用を生むような誘致をしてほしい」


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2019年01月04日金曜日


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