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<仙台いやすこ歩き>(93)肉まん/全て手作りふっくらと

 ふんわり丸く積もった雪。あら、おいしそうと思っていると、画伯が「ねぇ、そういえば肉まん専門店があるんだって」と、ぽそり。いやすこの思うところは同じだ。ぷぷっと、2人初笑いした後は猪突猛進だ。
 やってきたのは仙台市地下鉄南北線の富沢駅(仙台市太白区)。目指す肉まん専門店「桂雀花(けいじゃんか)」は駅から2、3分。かわいらしい店先で迎えてくれたのは、株式会社桂雀花の代表取締役呂孝志(ろたかし)さん(53)。早速、肉まん物語を話してくれた。
 呂さんのルーツは中国で、「日本に来たのは戦前、祖父母の時代です」と話す。戦前は反物の行商をしていたそう。戦後になって中華そばの店を出す。それが今から70年前で、お店は現在も続く泰陽楼(たいようろう)(青葉区)。おじいさんは中国では料理人だったというから、長年の念願をかなえたのだろう。そして、そのお店で冬だけのおみやげ用として作られたのが肉まんだ。
 「この肉まんは祖母の味で、作り方も具材もずっと変わらないんですよ」と呂さん。戦後の物のない時代、農家から分けてもらった豚肉と、どこにでもあったタケノコをふんだんに入れて作った肉まん。そのおばあちゃん伝承の肉まんで、呂さんは2003年に専門店を開いた。場所は青葉区二日町で、さらに多賀城市内にも出店。その3年後、東日本大震災で多賀城店が流され、店を閉めようかとまで考えたという。
 「周囲に助けてもらいました。神戸の同業の人たちが、せっかく肉まんというよいものがあるんだから続けなさい、と」。ここ富沢の地で15年9月に再起を図り、それから4年。地元の人たちや珍しいと遠くから買いに来る人もいて順調だそう。
 「小さいお子さんを連れた若いお母さんが、この子たちが好きだからと買いに来たり、70〜80代のお父さんが、ここのを食べたら他のは食べられないと言ってくれたり。これからも、こうした地域に溶け込んだ肉まん屋であり続けたいです」
 呂さんの思いは桂雀花の店名にも表れている。桂花とはキンモクセイで、その中をスズメが飛んでいる様を名にした。中国でスズメは一番位の低い鳥。「祖母たちが大変だった時代を忘れるな、初心を忘れるなという戒めも込めています」。子どもの頃、おばあちゃんに「おはよう」というと、いつも「ごはん食べたか」と返ってきたそう。ずっと着物姿で、背筋もピンと90代まで生きたおばあちゃん。
 伝統の肉まん作りを見せていただく。小麦粉と生イーストだけの生地に、しょうゆでしっかりと煮た豚肉とタケノコの具を包む。従業員の皆さんの指先が素早くかつ優しく動く。形が整えられていき、生地をくるくるとつまみ上げた最後にぺこっと押せば、へそのようで、「愛らしいねえ」。それをゆっくり1時間かけて二次発酵させ、せいろで蒸すこと20分。全てが手作りだ。
 家に帰り、蒸したて熱々をいただいた。皮の弾力がすごい! ほのかに甘い皮からこぼれるうまい具。「うわぁ、たまんない」「おばあちゃんの愛に感謝!」と頬張る2人の顔もふっくら福々しくなっていく。

◎古来神にささげる食べ物

 肉まん(肉まんじゅう)は、小麦粉にイーストなどを加えて膨らませた皮で、豚肉や野菜などを包み、蒸した中華まんじゅう=包子(パオズ)=で、点心の一つである。
 点心の名の由来は「食に転ずる」で、「転」が「点」になったと言われる。中国の人々の食生活は2度の食事と3度の点心からなっていて、点心とは昼と夜の食事以外に食べる軽食や間食のこと。食べる時間帯によって呼び方も変わり、朝食は早点、午後3時のおやつを午点、夜10時ごろの夜食を晩点という。
 中国の長い食文化の中で定着している点心だが、特に広東省と香港で盛んで、飲茶(ヤムチャ)と呼び、その名の通り点心を食べながら中国茶を飲む。
 中国では肉まんは肉包(ローパオ)と呼ばれ、古来、神にささげる食べ物でもあったと伝わる。包子の具は肉の他にゴマ、カボチャなどさまざま。あんまんは、日本では小豆あんが多いが、中国はゴマあんが主流だ。
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 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


2019年01月07日月曜日


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