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<あなたに伝えたい>20歳、感謝胸に未来へ歩む 失った3人に思いはせ

家族写真が並んだアルバムをめくる智博さん

◎鈴木智博さん(仙台市青葉区)から金利さん、律子さん、智子さんへ

 宮城県女川町尾浦地区に家族7人で暮らしていた大学生鈴木智博さん(19)=仙台市青葉区=は、東日本大震災で祖父の金利さん(79)、祖母の律子さん(79)、母の智子さん(38)=いずれも当時=を失った。3人は自宅にとどまり津波に巻き込まれたとみられる。

 金利さんとの将棋の対局、律子さんが作るメロウドのみそ汁の味、夏休みの宿題をやらない智博さんを見かねて厳しい態度を取った智子さんの姿…。家族の風景を思い起こしながら、智博さんがつぶやく。
 「いまだに本当なのかなと思ってしまう」
 津波は容赦なく家族の日常を奪った。
 「尾浦には気仙沼から魚を売りに来る人がいて、震災の数日前にも購入した。『11日に食べようね』と楽しみにしていたのに」
 震災前、家には誰かがいて明かりがともっていた。
 「震災後は、家族みんなで外出する時にも明かりをつけておくようになった。今1人暮らしをしている仙台の寮もそう。暗い部屋に帰るのが嫌なんです」
 智子さんの誕生日の8月には毎年ケーキを買う。
 「でも、家族で母や祖父母の話をできるようになったのはここ数年のこと。震災直後は話さなかったし、話せなかった」
 震災後は仙台市や奈良県の親戚の家に身を寄せた。2011年12月、古里に戻った。中学校の同級生は「1000年後の命を守りたい」と、津波が襲来した浜に石碑を建てるプロジェクトに取り組み、津波対策を話し合っていた。
 智博さんは周囲の勧めで、チームを引っ張る津波対策実行委員長に就いた。
 「乗り気じゃなかったけど、津波を考えるきっかけになった。今思えば、自分の考えを整理するいい機会だったのかもしれない」
 中学卒業から5年。活動は現在も続き、13日は仲間と共に成人式を迎える。20歳となる今、改めて3人に思いをはせる。
 「『ありがとう』って、面と向かって伝えられなかった。3人には感謝ばかり。こっちは元気にやっているから心配しないで」
 大切な人への思いを胸に未来へと歩きだす。


2019年01月11日金曜日


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