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<東北の道しるべ>いのちの山河つくろう/「東北食べる通信」編集長 高橋博之氏

高橋博之(たかはし・ひろゆき)1974年、花巻市生まれ。青山学院大卒。衆院議員秘書やライターを経て岩手県議を2006年から2期。13年にNPO法人東北開墾を設立し、食べ物付きの月刊誌「東北食べる通信」を発刊。14年に日本食べる通信リーグを創設。著書に「都市と地方をかきまぜる」など。

 河北新報社は創刊120年を迎えた2017年1月17日、次世代に引き継ぎたい東北像として「東北の道しるべ」を発表した。以来、東北6県で巡回フォーラムを開催し、数多くの先進事例も紹介してきた。「自然と人間の通訳者」として活動する「東北食べる通信」(花巻市)編集長の高橋博之氏に寄稿を依頼し、2年がかりの報道を総括してもらった。

◎寄稿/「東北食べる通信」編集長 高橋博之氏

 私たち人類が暮らすこの地球には、環境容量がある。財を生産するために必要な資源も、消費した後に廃棄する場所も、限りがある。その限界を突破し経済成長を続けるためには、強引に環境容量を増やさねばならず、その希望を託されたのが原子力だった。しかしそれは、リスクと隣り合わせのもろ刃の剣であったことを思い知らせたのが、東日本大震災であった。
 暮らしをより豊かにしてくれると信じていた希望が突如牙を剥(む)き、私たちは狼狽(ろうばい)した。原子力神話を支えた経済成長神話が目の前で崩れ去り、東北の自然は汚染され、生命は脅かされ、故郷が奪われた。その地から、経済成長を前提としない社会や暮らしを標榜(ひょうぼう)する「東北の道しるべ」が宣言されたのは必然ではなかっただろうか。

 昨年暮れ、東京で酒を飲んでいたら、たまたま隣に座った初老の男性が日銀の元幹部だった。在職中、5人の総裁に仕えたといい、金融緩和政策はばかげていると古巣に批判の矛先を向けた。「経済成長などという時代遅れの牧歌的な目標は捨て、脱経済成長という野心的な目標に切り替えるべきだ。原発事故でみんな思い知ったはずだ。拡大成長ではなく、持続可能な循環社会を目指すしかない」
 大震災は、経済成長を推し進める最前線にいた人間の価値観をも大きく揺さぶったのだ。しかし振り返れば2年前、私たちは震災前から続く惰性の回転の中に徐々にのみ込まれつつあった。脱経済成長を口にするのはあたかも人間の進歩を否定するかのように受け止められた。何を牧歌的なことを言っているのだと。元の木阿弥(もくあみ)に戻ろうとする風潮に待ったをかけたのが、「東北の道しるべ」だった。

 果たして、どちらが牧歌的だろうか。先人たちが後世に連綿と受け継いできた歴史や文化、自然など、人間が人間らしく生きるために不可欠な社会的共通資本を破壊されるようなリスクを社会に溜(た)め込みながら獲得してきた表層的な豊かさを、これから先も追い続け、子や孫に受け渡すというのか。
 それはならぬという変化の胎動を、私は東北の1次産業の現場で感じている。拡大を志向する市場に対し、自然は循環で成り立つ。経済成長を至上価値とする大量生産、大量消費で失われた、私と自然、私と他者、私と地域、食と農、都会と田舎の関係性が基盤となる社会的共通資本を回復しようという動きが、生産者を軸にじわりと広がっている。私たち消費者もこの動きに参加し、“いのちの山河”としての<くに>を東北につくっていかなければならない。


2019年01月17日木曜日


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